神々の牢獄①
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「じゃあ、二人は人間ではないのか」
「うん。フェザーフォルクって言うんだよ」
「補足。有翼人種は複数存在しますが、姉さまとリオルはそのどれにも当て嵌まりません。新たな有翼人種であると予想されます」
「確かに、珍しい気はするな」
陰鬱な空気が圧し掛かる迷宮内でも、話し相手が居れば気分も軽くなる。話し相手が居るという環境自体が原因なのだろうが、ホムラの場合は更にその話し相手にも恵まれたようだった。
「しかし、そうか。つまり二人は、自分と同じ種族を探しに行く為に冒険者になるのか?」
「んー。それもある、かな」
薄暗い通路をのんびり歩くホムラの視界を、金色の温かい光が横切る。優雅に泳ぐように視界から消えたその光とは入れ替わりに、今度は涼やかな銀青色の光がふわりと現れる。
言うまでもなく、アネモネとリオルだ。金色の光はアネモネの、銀色の光はリオルの、それぞれの”翼”の色だった。彼女達は世にも珍しい、光で織ったような翼を持つ有翼人種だと言うのである。歩くホムラの周りをフワフワと飛び回りながら付いてきているのは、実際に翼を使って飛べる事を実演してくれた名残だ。聞いた限りでは、彼女達の光翼は彼女達の魔力を司る器官でもあるらしい。自在に出し入れが可能で、膨大な魔力を内包し、空を飛ぶ事も出来るが本物の翼のような動きをする訳ではない。実は彼女達にも良く分かっていない、謎多き器官なのだそうだ。
幾何学的な紋様が寄り集まり、三対の翼を象っているような形をしているアネモネの翼。同じく幾何学的な紋様が寄り集まり時計の針のような形を成し、それが幾つか組み合わさって翼の形を成しているリオルの翼。薄暗い闇の中で見ると、どちらも幻想的で美しい。
……因みに、お触りは禁止だった。
「単純に、外の世界を見てみたいんだ。翡翠の大海とか、千年外殻とか。みんな楽しそうに話すんだもん。自分の目で見てみたくて」
「リオルは?」
「リオルの願いは、姉さまの願いを叶える事ですので」
「……ふむ」
宝物を見せてくれる子供のように微笑んでいたアネモネの笑顔が、リオルの答えを聞いた瞬間に少し曇る。その様を見たホムラは、自らの顎に掌を当てながら情報を素早く整理した。
どうやらこの姉妹、というか主に妹の方は、何処か歪んでいるように見える。そしてそんな妹を、姉の方は心配している。そんな所か。
今はまだ踏み込むべきではないだろうが、いつか向き合わせねばならない時がくるのだろうか。
「――っと。待て、止まれ」
何にせよ、今はこの迷宮から脱出するのが最優先事項である。丁度踏み込んだ一本道から不穏な空気の流れを感じ、ホムラは一旦、双子を自らの背後に隠れさせた。
「……罠だな」
通路はそんなに広くない一本道で、距離はホムラの足で大股一五~二〇歩分程。どういう罠なのかは分からないが、視覚から得られる情報と、それ以外の感覚から得られる情報が喰い違う。何か仕掛けられているのは間違い無い。
「突破するか?」
肩越しに振り返りながら尋ねたホムラの言葉に、先に反応したのはアネモネの方だった。
「私は、迂回路を探した方が良いと思うんだけど……」
ホムラの着物の裾を握りながら、控えめに、けれど確固たる芯を以て、彼女はホムラを上目遣いに見上げて来る。これで何か物を
「否定。罠を仕掛けているのなら、そこは通って欲しくないと言う事です」
とは言え、人間甘やかされて迂回ばかりしていては先に進めない事もある。或いはリオルは、それが分かっているのかも知れない。
「”先程の仮説”が正しいのなら、このルートが正解である可能性は高いです。ホムラに負担が無いのなら、進んでみるのも選択肢の一つかと」
”先程の仮説”と言うのは、”この場所は何らかを閉じ込める牢獄だったのではないか”というものである。三人で迷宮を歩き始めてから、ホムラ達はその根拠になるものを幾つか目にした。
鉄格子によって閉じられた空間。手枷、足枷、拘束する為の鎖。幸いな事に拷問器具やその類のものは見当たらなかったが、此処が牢獄がであるのは間違い無いみたいだった。歩く者を迷わせる迷宮、その迷宮内を巡回する幾多の石像、そして迷宮の中の至る所に仕掛けられた罠。これらは皆、牢獄に閉じ込められた者が脱走した場合の備えではないかと、リオルはそんな仮説を口にした。迷宮内に仕掛けられていた罠はどれも致死性が高く、「逃がすくらいなら殺した方がマシ」といった意思がヒシヒシと感じられる為、嘗て此処に囚われていたのは、牢獄を作った者にとって極悪な存在だったに違いない、とも。
逃がすくらいなら殺した方がマシ、という事は、逆に言えば殺さずに済むならそうした方がいい、という事になる。そんな状況が存在するのかとホムラが聞くと、リオルは「戦争中の敵か、もしくは恋に狂った男女」と答えてきた。リオルが本当に見た目通りの年齢なのか疑わしく思えてきたホムラだったが、成程、彼女の推理には一考の余地があった。
戦争の最中なら敵勢力の捕虜を取る事もあるだろう。そして彼等は、檻に囚われて情報を吐き続ける限りは同じ質量の黄金と同じ価値がある。恋に狂った男女……と言うのはホムラには良く分からないが、まぁ自分のモノにならないならいっそ、とかそんな感じのものだろう。
それなら、正解の道を選ばない限りは罠とは遭遇しない、と言う事だ。延々と間違った道を彷徨っている所を再度捕獲し直す、というのが迷宮を作った者の本意なのだから、間違った道に罠を仕掛けて殺す、という事はしない筈だ。
「でもアレって、飽くまで仮説じゃん……」
弱々しく抗議するアネモネ。彼女自身、本当はリオルの仮説には納得させられているのかもしれない。
そんなアネモネを一瞬見詰めて、それからリオルはホムラに視線を移した。姉さまはこう言ってますがどうしますか、と目で聞く彼女の視線を受けて、ホムラは気負わずに頷いてみせた。
「取り敢えず、突破してみるか」
「ホムラ……!」
「罠を派手に破壊すれば、その跡が目印になるだろうしな。ちょっと離れてろ」
有無を言わせず、ホムラは通路の方に踏み出す。既に何度かやっている事なので、アネモネも最初みたいに強く反対したり、ついて来ようとしたりはしなかった。
(……さて)
一歩。一歩。また一歩。
通路の中に入った。その瞬間、通路の床や両側の壁のその裏で、何か機械的なモノが蠢き、震動している気配がし始める。
(槍が出るか、矢が出るか)
アネモネやリオル曰く、こう言った事に対処する
一歩。一歩。また一歩。
通路の真ん中辺りまで来たというのに、罠は未だに発動しない。カウンターや奇襲が得意なヤツと戦っているような気分になってきて、ホムラは即座に背中の大太刀を抜いた。
通路に踏み込んだ時点で何らかの仕掛けが動いているのに、罠自体は作動しない。その理由は何か。ホムラが思い付くのは、成功率だ。例えばカウンターだって、相手が動き始めてから放つのではなく、相手の攻撃をギリギリまで引き付けてから放った方が決まりやすい。
この通路の罠も――
「――!」
その場全体の空気が吼えたのは、その瞬間の事だった。ホムラを挟むの左右の壁全体が弾け、其処から何が一斉に飛び出してくる。
(なるほど、こう来たか……!)
それは通路に踏み込んだ者を洩れ無く串刺しにする為の、
「これは流石に肝が冷えるな」
落下しつつ、左右の壁から飛び出た槍衾が噛み合う光景を眺めながら、ホムラは大太刀を肩に担ぐように構える。槍が飛び出してくる直前、ホムラは真上に跳躍し、上空に逃れたのである。
獲物を逃した槍が再び壁の中に引っ込むよりも早く、ホムラは肩に担いだ大太刀を素早く振るう。切断された槍がバラバラと音を立てて転がる床の上に着地し、ホムラは即座にその場から飛び出した。
「――おおおおおお!!!」
走り回りながら剣を振り回すのは、あんまりしっくり来なかった。だから気合いを発して自らを鼓舞する。
左右の壁から飛び出した槍衾の壁を斬り崩しながら、ホムラは通路を疾走する。飛び出した槍を全て根本から斬ってしまえば、次にアネモネとリオルが通る時は安全になる。槍がいつまで飛び出したままなのか分からないから、この仕事はとにかく早く片付けた方が良い。
一気に通路の突き当たりまで進んで、壁を蹴って反転。通路の真ん中から突き当たりまでは掃除出来たが、通路の入口から真ん中までの場所には槍衾がまだ残っている。
「おおおおおおおおおおあああああッッ!!!!」
あまりスマートな解決方法ではないのはホムラ自身も分かっていたが、そこは体力でカバーするしか無い。視界の先では、発条の音を響かせながら槍が壁の中に戻ろうとし始めていた。
更に加速し、残りの距離を一気に埋める。大太刀の細かい制御も最早放棄し、左右の壁までも巻き込んで斬り刻む。ただ、間違ってもアネモネとリオルは傷付けない。彼女らが大太刀の間合に入る直前にそれを手元に引き戻し、同時に最後の一歩を思い切り石床に叩き付けて、ブレーキを掛ける。
「……ふー」
ホムラの勢いと発声に度肝を抜かれたらしく、アネモネは隣に居たリオルに抱き付いていた。抱き付かれたリオルはと言えば、相変わらずの無表情だ。
「思っていた以上に力業になっちまったな」
「肯定」
「び、ビックリしたよぅ……」
大太刀を鞘に戻しつつ、ホムラは背後の通路を振り替える。その悉くを根本から叩き斬られた槍の群れは、既に壁の中に引っ込んで見えなくなっていた。
「足下に気を付けてな。いや、二人は飛んだ方が早いか?」
「肯定」
「……ん? じゃあ二人は最初から、上空から俺に付いてくれば良かったんじゃないか?」
「肯定」
「け、結果論だよ」
ガシャガシャと、通路の奥から鎧の足音が聞こえてきたのはその時だった。偶々近くを巡回していたのか、それとも罠が発動すれば起動して、様子を見るように仕掛けられていたのか。やがて通路の突き当たりの角から姿を現したのは、全部で四体の石像兵だった。
「後ろから新手は?」
「否定。挟撃を受ける可能性は低いです」
「アネモネ、行けるな?」
「うん」
こう言う時、彼女達は無駄が無く、速い。
ホムラが再び大太刀を抜くのと、背後のアネモネが唄うように言葉を紡ぎ始めるのは、ほぼ同時の事だった。
「――ΣοθαΗκαρηΝοΤαμαγο……」
石像達も此方に気付いた。長剣持ちが一体と、短剣を二振り持った奴が一体。残りの二体は弩持ちで、通路の一番奥から狙撃する構えだ。
剣を持った石像が通路を一直線に駆けてくる。長剣持ちは愚直に真っ直ぐに、短剣持ちは壁から壁へ、床から天井へと出鱈目に跳ね回りながら。長剣持ちの勢いは無視出来ないし、かと言って短剣持ちも捨て置けない。
どうしたものかと考えるホムラの爪先に、何か当たってコツリと音を立てた。
「!」
ホムラが先程掃除した、槍の内の一本。即座にそれを爪先で掬い上げ、蹴り飛ばした。それは文字通り空を貫いて一直線に飛んでいき、丁度空中に飛び上がっていた短剣持ちの胴を貫いて打ち落とす。撃墜された短剣持ちが床に転がり、それに進路を塞がれた長剣持ちは咄嗟に一瞬立ち止まって、
「疾……――ッ」
直後には、其処まで既に近付いていたホムラの大上段の一撃で、頭から股間まで両断されていた。足下に転がっていた短剣持ちは即座に起き上がろうとするが、それよりもホムラの足がその胴体を粉々に踏み砕く方が早い。
遠くの方で弩の矢が放たれる音が重なって聞こえたのはその時だ。前衛が居なくなって、却って狙いが付け易くなったのだろう。顔を上げる暇すら無くて、ホムラは咄嗟に持っていた大太刀を脇に突き立て、自らの胸と肩、それぞれに向かって飛んできた矢を掴み取る。
一拍遅れてホムラが視線を上げるのと、通路の奥の弩持ちの二体の所に、小さな火球が現れるのはほぼ同時。
「――Арё!!」
二体の石像が身動ぎする暇すら与えず、その火球は急速な勢いで膨れ上がり、爆散した。距離が離れていて尚目を灼かんとする閃光に、ホムラは咄嗟に目を庇う。爆音がビリビリと肌を震わせ、爆風がホムラの髪や着物の裾を嬲る。
時間にして、数秒程経っただろうか。
爆風が納まり、ホムラは改めて視線を通路の奥に目を遣る。黒煙を上げている石像の下半身が一体分しか残っていなかった。至近距離であれだけ強力な爆発を喰らったのだから、当然と言えば当然か。
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