地上にて ~下っ端番兵の憂鬱~

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 世界から神々は去り、”平和の民”たる人間達が世界の中心となった。元々は単なる人間の国に過ぎなかった”サンクトゥス神聖王国”は、今や世界の文明圏の代名詞となりつつある。エルフが暮らす”翡翠の大海”、ドワーフが棲まう”地龍の胃袋”、リザードマンやゴブリン、その他多種多様な種族が日夜領土争いを繰り返している”大荒原ブラック・コルドロン”など、様々な種族が住まう土地を平和的、或いはそれ以外の手段で自らの勢力圏に加え、実質的にその勢力を拡大している。”平和の民”の名は伊達じゃない。


 だが最近は、色々と焦臭きなくさい。


 理由は不明だが、西の”翡翠の大海”との連絡は途絶えている。領土内の至る所では、約束の地にしてサンクトゥス神聖帝国の帝都が建てられている"イモータル"の所有権を主張する大鬼オーガ達が現れ、街や村への略奪を繰り返している。


 それに加えて、今回の事件である。


「おい、そこのお嬢さん、止まれ止まれ」


 サンクトゥス神聖王国王都、王城”グローリアパレス”。齢十三の頃から兵士見習いとしてこの城に務め、そのまま十何年と番兵のキャリアを積んだアーロン・マカフは、王城が保有するダンジョンの入口に、同僚数名と一緒に立っていた。


 勿論、ただただボンヤリと突っ立ていた訳ではない。内に入ろうとする者を止める為、そして外に出てはいけない者が外に出ようとするのを押し留める為の歩哨として、ダンジョンの入口を封鎖する任に当たっているのである。今の所、外に出てはいけない者とやらの存在が現れる気配は無いが、逆に中に入ろうとしている者は結構多い。噂を聞きつけて集まってきた野次馬が殆どだが、中にはの縁者もちらほら現れている。当代の王は寛大な性格で、ダンジョンは冒険者ギルドに貸し与え、昼間は一般人にも城を一部開放しているのだが、今回ばかりはそれが裏目に出たと言って良いだろう。


 具体的には、アーロン達のような下っ端番兵が苦労させられている。半狂乱の縁者達を止めないといけないし、その隙を突いて封鎖をすり抜けようとする者にも目を光らせないといけない。


「今、王宮のダンジョンは立ち入り禁止だ。見りゃ分かるよな?」


「五月蠅い、止めないで。私は今それどころじゃないの」


 アーロンが声を掛けたのは、未だ十代の半ばであろうかと思われるような華奢な少女だった。他の兵士達が数人掛かりで、同じく数人掛かりで押し入ってこようとしている集団を止めている所を、この少女は悠々とその脇をすり抜けて中に踏み込もうとしていたのだった。アーロンがその腕を掴んで引き留めなかったら、彼女はダンジョンの中へ旅立っていただろう。身には装甲の厚さよりは動きやすさを重視した鎧を纏い、肩にはその身体には不釣り合いな長柄の大斧を担いでいる。当然ながら、兵士見習いには見えない。


「冒険者か」


「どうでもいいでしょ。放して」


「まぁ、ちょっと落ち着けよ」


 有無を言わせず、強引に腕を引っ張って彼女を引き戻す。彼女はあからさまに不服な様子だったが、アーロンは言葉を続け、彼女の言動を封じた。


「試験中にダンジョンで事故があったらしいな。詳しい事は俺等も知らされてないが、お前さんも知り合いが帰って来てないクチかい?」

 

「……」


 お前に何の関係がある。良いから黙って中に入れろ。


 無言で睨んでくるその視線には、そんな敵意すら籠もった圧力を感じたが、アーロンだって伊達に番兵を十年以上も続けていない。表情を変えず、言葉も下げないで、彼女の視線を正面から受けきってやった。


「……兄、のような人が」


 アーロンはどうあっても譲歩しない。それはハッキリと伝わったらしく、やがて彼女はアーロンから視線を外し、不貞腐れたように言った。


「あの人、本当に鈍臭くて戦いとかでは全然役に立たないから。私が行ってあげないと」


「今、王宮の精鋭部隊とギルドから派遣された調査隊がダンジョンに入って、調査と救助に当たってるよ。良い子だから、帰って兄ちゃんを待ち――」


「なんでアンタにそんな事指図されないといけないの!?」


 アーロンが言い終わらない内に、少女は噛み付くように言葉を被せてきた。


「年中王宮に引き籠もってラクしてるようなヤツに、そんな風に言われたって全然安心できない!」


 どうやら、彼女は余程その兄とやらが心配らしい。彼女の言葉はアーロンに対する攻撃と言うより、制御出来ない感情が形を持ったモノのように思えた。ではそんなの関係無しに、吐いた言葉に責任が付き纏うものだが、彼女はまだ子供だ。それを責めるのは酷というモノだろう。


「こっちも仕事なんでね」


 何より、アーロンは彼女にとって赤の他人なのだ。わざわざ精神力を削ってまで、厭事を言ってやる義理など無い。


「ルールってのには大抵意味がある。例えばお前さんが今、ダンジョンに入れないのも、二次被害や混乱を防ぐ為って意味があるのさ。お前さんの気持ちは分からなくもないから、別に納得しろとは言わねぇけど」


「じゃあ通して」


「それはダメだ」


「……~~~~ッ!!」


 ギリギリと奥歯を砕かんばかりに噛み締めて、少女はアーロンを睨み付ける。もう一悶着ある事もアーロンは覚悟していたが、彼女はやがて鼻息荒く踵を返し、肩を怒らせてその場から立ち去っていった。


 思ったよりも素直だったのか、それともだけか。


 どちらにせよこの場から離れられないアーロンには、前者である事を祈る他に無かった。


「……ふん」


 知り合いが心配。


 少女にも言ったが、その気持ちはアーロンにも分からなくはない。


(アイツら、無事なんだろうな……?)


 アーロンは王宮に勤める番兵で、ギルドが主催する冒険者試験に関する情報は持っていない。が、今は状況が状況だ。万が一、調査隊と合流する前に未帰還者が自力でダンジョンの出口に辿り着いた場合に備えて、未帰還者のリストは渡されている。


 そのリストの中に、アーロンは見知った名前を見付けたのだ。まだ十にも満たない年齢のくせに、冒険者になると言って聞かない頑固な魔術師の少女と、そんな彼女を支える双子の妹。ガキのクセに大した根性の持ち主ではあるが、だからこそ運悪く今回の事件に巻き込まれてしまったらしい。


(まだガキのクセに調子に乗るからそんな目に遭うんだ。親は一体何してやがった。無事――)


 振り返り、アーロンはダンジョンの入口に繋がる暗闇を見る。闇を湛えた其所は黒くて冷たい息を吐き出すばかりで、アーロンを嘲笑っているかのように見えた。


(……万が一の事があっても、遺灰を回収して貰えれば、望みはまだ――)


 でもそれは、きっと良くない状況だ。


 遺灰を回収できれば蘇生できる望みはあるが、だからといって死が無かった事になる訳じゃない。死んだ瞬間の痛み。恐怖。それらがトラウマとなって心に傷を抱えたり、廃人になったり、酷い時にはという話はザラにある。


 神から譲り受けた遺産の中には文字通り奇跡としか言えないモノも多々あるが、それらがヒトに合っているかどうかは、別問題なのだ。


「おい、アーロン! こっち来て手伝え!」


「……」


 本当は自分も、ダンジョンの中に踏み込んでいきたい衝動を必死に抑えつつ。


 アーロンは同僚を助けるべく、彼等が集まっている場所へ飛び込んでいったのだった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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