剣と翼、邂逅③
ホムラのそんな疑問は、恐らく顔に出ていたのだろう。リオルは即座に口を開いた。
「補足。姉さまは恩とか義理とか、ホムラがそういったものに縛られるのを嫌がっただけです。たった今ホムラが見せたデモンストレーションに圧倒され、且つその実力に感心した所に、改めてパーティ結成の申し出を受けた事で、感極まったものと思われます。他の冒険者志望は、姉さまを見た目で侮って、パーティを組もうとしませんので」
「ほぅ」
「り、リオル……!」
慌てた様子でアネモネはリオルの肩を掴んで揺するが、リオルは揺らされるがままになりながらも喋る口を止めようとしない。
結局、無駄だと判断したのだろう。アネモネは顔を赤くしてバツが悪そうにしながら、改めてホムラに向き直った。
「そういう事です、はい……」
消え入りそうな声だった。
「そんな、恩とかでホムラさんに無理矢理パーティ組んで貰うっていうのはイヤで……でもでも、ホムラさんは凄い剣術使いだから、組んで貰えたら凄く心強くて、だから、そのぅ……」
放っておけばいつまでもダラダラと続きそうな長口上。幼い娘が必死に此方の顔色を窺ってくるその様は反吐が出るくらいに気分が悪かったが、つまりそれだけ、彼女は見た目と年齢で苦労させられてきたという事なのだろう。
先程、傷口を恐る恐る差し出すように「冒険者志望だ」と言ったアネモネの表情を思い出す。ホムラがそれを否定しなかった時の、驚いたような表情を思い出す。たかだか子供の夢と馬鹿にするのは論外だが、彼女等を止める周囲の大人達の気持ちはホムラにも分かる。寧ろ大人なら当然だ。義務と言い換えても良いだろう。
だがホムラは、彼女達によって命を救われたのだ。少なくとも彼女達に対して偉そうな顔は出来ないし、何より心を散々にへし折られて尚自分の夢を諦めない子供に手を差し伸べないのは、ひどく気分が悪かった。
「ホムラで良い」
「……え?」
聞き返してくるアネモネの手を、今度はホムラからしっかり握る。
「名前の後に”さん”は付けなくていいと言ったんだ。貴方達は確かに子供だが、俺の命を助けてくれた。命を助けられた恩は、一生を懸けて返す。その為にも、どうか俺を貴方達のパーティに加えて欲しい」
「で、でも、私はホムラさんに無理矢理とか、そういうのは――」
「俺にとっては、義理人情ってのは大事な事だ。俺が恩を返したいんだよ」
「――!」
火色の目を真っ直ぐに見据えながら言うと、アネモネはビックリしたように黙り込んだ。彼女の目はとても澄んでいて、時折内部で核融合でも起きているかのようにチラチラと光が瞬く。彼女は魔術師だと言うから、きっと彼女の内部の魔力がそのような現象を引き起こすのだろう。
「肯定」
硬直してそのままだったアネモネの代わりに、再びリオルが口を開く。
「姉さまもリオルも、貴方を歓迎します。ただ一つだけ、条件を提示します」
「条件?」
「普通の話し方を要求します。大人に丁寧に接されると、逆に姉さまが萎縮してしまって、まともに会話になりません」
「む……」
彼女達は子供の前に恩人だ。そういう意識が、ホムラの彼女達に対する言葉遣いをやや大仰なものにしてしまっていたのだと思う。
とは言え、それで会話や交流に支障が出るのでは意味が無い。
軽く咳払いして、ホムラは改めて口を開いた。
「じゃあ、これから宜しくな。アネモネ、リオル。これからは一蓮托生だ。前衛の敵は、俺に任せろ」
「――!」
意識すると、却って”普通”が難しくなる。だから当たり障りの無い短い台詞しか紡げなかった。
でもどうやら、今のはそれなりに上手くいったらしい。
パッ、とアネモネの表情が明るくなった。まるで花が咲いたようだと、そんな形容が思い浮かぶ。その表情は彼女によく似合っていて、それは恐らく、この表情こそが彼女の顔に最も良く馴染んでいるからだろう。
「うん……うん! よろしくお願いします、ホムラさ……ホムラ!」
「肯定。改めて、宜しくお願いします、ホムラ」
アネモネは再びホムラの掌を力強く握って、ブンブンと上下に振り回した。興奮気味なのか、握手にしてはやや力が強いが、歓迎されていると思えば可愛いものである。
「では、そろそろ出発しましょう。姉さま、ホムラ、何か不都合はありますか?」
「私は無いよ! ホムラは?」
「俺も無い……が、その前に」
リオルの前に立ち、屈んでその掌を取る。硬直して動かない彼女の様子は気にしないで、その手を軽く上下に振った。
「疑問。ホムラ、何をしているのですか?」
「握手だ」
「否定。必要性を認められません」
「アネモネと俺だけで盛り上がっても、仲間外れみたいで気分が悪いだろう。これも立派な必要な儀式だ。なぁ、アネモネ?」
言いながら、ホムラは脇に目を遣った。最初、彼女はホムラの行動を興味深げに眺めていたが、ホムラと目が合った瞬間、ホムラの意図を汲んだらしい。嬉しそうな、華やいだ笑顔を見せた。
「うん、私もそう思う」
彼女に力強く頷かれては、リオルも強く出られないようだった。その隙にさっさと握手を済ませてしまい、ホムラは彼女達から離れる。
「じゃあ、出発しよう。取り敢えず、どっちに進むとか、そういう方針は既に決まっているのか?」
「……」
「リオル?」
「!」
リオルは、ホムラに握られた自ら掌をジッと眺めていた。ホムラの呼び掛けに我に返ったように目を瞬かせ、それから視線を上げてホムラを見る。
「申し訳ありません。何でしょうか?」
「行き先の事を言ったんだ。掌、どうかしたのか?」
「いえ」
触られるのが、嫌だったのかも知れない。今更ながらその可能性に思い至り、やってしまったと内心で頬を掻く。
だが、どうやらそういう訳でもないらしかった。
「こんな事は初めてですので。どうしたら良いのか分かりませんでした」
妙に感情の読めない声でそう言いながら、リオルは再び自分の掌を見つめていた。判断を求めてアネモネに目を遣ると、彼女は彼女で吃驚したようにリオルを見ていたが、ホムラの視線に気が付くと笑みを浮かべて親指を立てて見せる。どうやらホムラは、中々見れないリオルの姿を引き出す事に成功したらしい。それも、悪くない意味で。
「――謝罪します。リオルの都合で、パーティの時間をロスさせてしまいました。今後の方針の話でしたね、少々時間を下さい直ぐに結論を出します」
矢継ぎ早に言葉を紡ぎ出しながら、ホムラやアネモネの脇をすり抜けて歩き始めるリオル。前衛を引き受けたホムラとしては先に向かう方角を聞いて先に立ちたいのだが、彼女はその事に思い至らないようだった。
残された者同士、ホムラはアネモネと顔を見合わせる。アネモネは何やら上機嫌で、ホムラに一言言い残すと、リオルを追い掛けて小走りで駆けていった。
「やるじゃん」
良く分からないが、取り敢えず掴みとしては上手く行ったらしい。
一先ずは重畳だと思う事にして、ホムラは、前衛を置いてどんどん先に行ってしまう後衛二人に追い付くべく、大股で歩き出したのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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