第二章
迷宮にて ~ある男の災難~
助かったのは、奇跡としか言いようが無い。
クラウスは一介の人間で、ただのしがない
だからきっと、クラウスには奇跡が起こったのだろう。
「……いてて……」
意識が覚醒して最初に感じたのは、底冷えするような空気の冷たさと、頬に押し当てられる石床の硬さだった。
最初の数秒はボンヤリした思考のまま、上体を起こして辺りを見回す。薄暗い闇の中に青白い炎が揺らめき、石に似た黒っぽい材質の壁を不安定に照らしているのが見える。天井は無く、代わりに虚無の闇が重く圧し掛ってくるようだった。思考が未だボンヤリしている所為で考えが上手く纏まらないが、何となく見覚えがある気がした。
「……」
そう。あれだ。王城地下のダンジョンである。
”平和の民”たる人間族の国にして、全ての種族を受け入れる世界の中心、サンクトゥス神聖帝国。その王都であるサンクチュアリは、約束の地イモータルとも呼ばれ、嘗ては神が暮らしていた地とされる。王城グローリアパレスは、最初の王ヴェルギリウス・ゴドフリークが神から賜ったものであると。
そんな神々からの贈り物は、人間の理解が及ぶ範囲は王城として利用されているが、理解の及ばぬ場所――即ち、地下牢よりも更に奥深くは、未だ神の領域とされている。普通の人間は踏み入らない。安全の為に調査を繰り返し、真なる危険は全て排除した上で、世界を開拓する冒険者の資格を見極める為のダンジョンとして、利用されている。
この場所は、クラウスにとって慣れ親しんだあの場所にそっくりだ。あのダンジョンに天井が無い場所など無かった筈だが、知らぬ間に新しいエリアでも発見してしまったのか。
そうだとするなら、大発見だ。王直属の調査隊でさえ成し遂げられなかった事を、クラウスはやってのけた事になる。
「は」
……なんて、そんな訳が無い。自分にそんな事が出来るはずが無い。
ボンヤリした思考のまま小さく嗤って、クラウスは兎にも角にも立ち上がろうと、ずっと放置していた足に力を込める。
途端に、気付かなかっただけで最初からずっと其所にいた激痛が、両足に噛み付いた。
「――がッ!!?」
それは全くの不意打ちで、だからこそダメージも大きかった。不用意に立ち上がろうとしていたのも大きく、結局自ら体勢を崩して石床の上に倒れ込む形になってしまう。
「……ぁ、ぎぃ……!」
思い出した。
定期的に行われる冒険者認定試験。その会場、王城の地下ダンジョンの最奥の広間である”巨像の間”で起こった、予想外の出来事。ただのオブジェだと思っていた巨像が突如として動き出し、その場に居合わせた冒険者志望の受験者達を次々と惨殺し始めたのだ。
一部は仲間を置いて逃げ出し、一部は為す術も無く惨殺され、クラウス達のパーティは総崩れとなった。その中でクラウスが生き残る事が出来たのは、途中から乱入してきた小さな魔術師達のお陰である。彼女達のお陰で、一時はそのまま逃げ出す事に成功出来そうな雰囲気だったにも関わらず、巨像が何らかの仕掛けを発動させた所為で”巨像の間”の床が開き、クラウス達は闇の中に落とされる羽目になった。
そこから先の記憶が、曖昧だ。あの小さな魔術師達の片方が、クラウスの手を掴んでくれた事は何となく覚えている。改めて上空を見上げても、天井は見えない。闇に呑まれて見えないだけか、或いは目で見えない程に遠いのか。何にせよ相当な距離を落ちてきたのは間違いなさそうで、翼の無いクラウスが翼を持った足を犠牲にしただけで済んだのは、奇跡が起こったとしか言い様が無い。
「……」
周囲を見回してみる。小さな魔術師達の姿は、何処にも無い。落ちている最中にはぐれてしまったのか、それとも足をやってしまったクラウスを戦力外とみなして、置き去りにしたのか。
生きているのは奇跡だが、その後の状況はあまり宜しくない。場所は分からず、救援は望めず、そもそも足の怪我の所為でこの場から動く事も叶わない。唯一の希望は何処かに居る筈の小さな魔術師達と合流する事だが、そもそも彼女達が生きているのかも分からないのだ。
「――……嗚呼」
クラウスはただ、冒険者になりたくて試験を受けていただけだったのに。
どうして俺が、こんな目に。
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