第6話 波乱(6)
季節は過ぎ、家々の屋根には雪が積もり喋る言葉は白く化粧される。
「大地よかったね。無事就職決まってさ」元喜が意気揚々と言う。
そう。俺は無事就職が決まり、春から社会人となる。就職先は<茂ちゃん>。
茂田さんのお店だ。
茂田さんは就職が決まって無いなら「うちで働け」と言ってくれ、最初は躊躇したが、「お前は料理のセンスある」この言葉を聞いて即決した。
歩実、航、夢も無事合格し、ようやく皆自由の身となり、合格祝いや就職祝いを兼ねてパーティを開く事になった。
パーティといってもいつものカラオケボックスで騒ぐだけなのだが……。
部屋には華麗な歌声が響き、時折雑音とも言える俺の歌声を交えながら五人で楽しんだ。
久しぶりに集まったからか、今日はいつも以上に盛り上がった。
「いやー、久しぶりに皆で集まれたな」カラオケの帰り、俺は歩実と二人で帰っていた。
「そうだね。皆忙しかったからね」歩実は、はぁ、と手に息を吐き冷えた手を温める。
「就職も大学も皆地元だし、これからいくらでも集まれるけどな」俺は言った。
歩実は俺の言葉を聞いた途端、少しだけ俯きこう言った。
「大ちゃん、あのね……。言って無かったんだけど、私の学校県外なんだ」歩実は立ち止まった。
「どういう事? 県外の学校何て言ってなかったよな?」俺は訊いた。
「うん。最初は県外に行くつもりは無かったんだけど、就職の事も考えたらやっぱり県外の方が有利かなって思って。だから」
「何でなにも相談してくれなかったんだよ! そんな大事な事一人で決めんなよ!」俺は声を荒げた。
「しようとしたよ! でも大ちゃんが何回も断ったんじゃない! 電話もするって言って一回も掛かってこないし、謝ってもこなかったし。だから一人で決めたの!」歩実は泣きながら俺に怒鳴った。
こんなに怒っている歩実を見るのは初めてだった。
俺は何も言えずに横を通り過ぎる歩実をただ眺める事しか出来なかった。
それからの俺達はどこかよそよそしく、ぎこちない関係が続いた。
春から歩実と離れ離れになる事を考えると、いつも通りに出来なくなってしまう。
その事実をいつものように航に相談すると、「そりゃお前が悪い。歩実はお前に一番聞いて欲しかったと思うぞ」と言われた。
まさにその通りだった。
自分の事で頭がいっぱいで、人の事まで気にかける余裕が無かった。
その結果、取り返しの付かない事になってしまい、まさに後悔先に立たずとはこの事だ。
俺は自分の気持ちを歩実に伝える事にした。
それで何か変わる訳では無いが、そうしなきゃ何も変わらない気がした。
そう思った俺は、放課後に五人で遊ぶ予定だったのだが俺は歩実を呼び出すことにした。
「その、この間はごめん。いきなりの事でつい……」
「いいよ。私も一人で勝手に決めちゃったから。お互い様だよ」
「別に県外に行く事は反対じゃないんだ。歩実がどれだけ本気なのかも知ってる。ただ、ちょっと寂しかっただけなんだ」俺は視線を落とした。
「うん。ありがとう。でも夏休みとかはこっちに帰って来るし、それに大ちゃんも仕事で忙しいだろうし、寂しいのは今だけだよ、きっと」歩実はそう言うと歩き出した。
学校を出て、夢達の後を追いかける。
ここ最近の歩実は俺と話していてもどこか素っ気無く、会話に感情がこもってないように感じた。
俺の気のせいと思い深くは気にしなかった。
年が明けてからは時間が嘘のように早く過ぎていった。
俺達の高校生活も無事に幕を閉じ、誰も留年することなく五人揃って卒業する事が出来た。
留年といってもするとしたら、俺か元喜だけなんだか。
春からはそれぞれの新生活が始まる。またいつもみたいに皆で笑って集まるのだろうと、俺はこの時疑いもしなかった。
春休みは車の免許を取る為に、俺は朝から晩まで教習所に入り浸っていた。
元喜と俺は学科に苦戦しつつも何とか免許を取る事が出来た。
航は四月から一人暮らしをするらしく、引っ越した先のアパートへは毎日欠かさず通った。
特に用事は無かったが、店から近いという理由で仕事までの時間はほぼ航の家で過ごした。
「お前が毎日来てたら一人暮らしの意味ないだろ」と航は言っていたが、どこか嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか。
歩実は三月中に引っ越しを済ませ、月末までには向こうでの新生活を始めるらしい。
歩実が旅立つ前の日、航の家で歩実のお別れ会兼航の引っ越し祝いをした。
最初のうちは夢も笑顔でいたが、次第に涙目になり最後には号泣したりもした。
歩実との別れを悔やみ、最初は笑顔で送り出すつもりでいたが我慢できなかったみたいだ。
翌日、四人で歩実を駅までお見送りに行った。
夢は昨日からずっと泣いていて、別れの言葉も何を言ってるのか分からい程だった。
夢、航、元喜がそれぞれ激励の言葉を投げ掛け、三人は俺に気を使い、その場を立ち去った。
「気を付けて」俺は当たり障りない事を言った。
「うん。大ちゃんも仕事頑張ってね」歩実はそっと微笑む。
後数分もすれば駅に電車が来る。歩実はそれに乗りどこか遠くの街で新生活が待っている。
思い返せば高校生活もあっという間だった。
歩実がいなかったらくだらない高校生活を送っていたに違いない。
皆とも仲良くなれず、友達何て出来ていなかっただろう。歩実は俺の高校生活の全てだった。
俺はこの三年間を振り返っていると歩実はゆっくりと口を開いた。
「最初はさ、大ちゃんの事何とも思ってなかったんだけどね、話し掛けてるうちに気付いたら気になってて、好きになってたの。夢と仲良くしてるのを見て勝手に焼きもち妬いたりもしたなぁ。一年のクリスマスの日は今でも一番の思い出で、あの日は本当に嬉しかった。二年になってからは大ちゃんに嫌な思いさせてごめんね? でも本当に大ちゃんだけが好きだったよ。私が嫌がらせを受けてる時、朝早く来て片付けてくれてたのは大ちゃんだよね? 大ちゃん隠してるつもりだろうけど、バレバレだったよ。すごく遅くなったけど本当にありがとう。大ちゃんのその優しさに何度も救われた」歩実はこの三年間を振り返り思いを口にした。
俺は歩実の言葉をじっと聞く事しか出来なかった。
「でもね……」歩実は暗い表情で続ける。
「最近の私達ってなんだか上手くいってない気がする……。お互い将来の事に悩んでたから仕方ないんだけど」
「でもお互い道が決まったし、これからまた昔みたいに上手く行くよ」俺は軽口で答える。
歩実はそんな俺の言葉に一つ溜め息を吐くと、真剣な表情でこう言った。
「私達このまま付き合っててもきっと上手く行かなくなると思う。お互いが足を引っ張り合う関係は続けたくないの」
「だからこれからはもっとお互いの事を考えればいいだろ?」俺は必死で歩実を説得しようと試みたが、歩実はもう決断したかの表情で俺を見つめていた。
そんな歩実の表情に俺は嫌な予感がした。
今更そんな事に気が付いても遅い事は分かっていたが、ここで歩実を止めなければ一生後悔する気がした。
俺は咄嗟に歩実の手を握り、「行くなよ」と気付いたときにはもう言っていた。歩実は俺の手をそっと離し、立ち上がる。
駅のホームでは電車の到着の放送が流れ、歩実は横に置いてある荷物を抱えた。
「もう遅いよ……。私達別れよう。このまま一緒にいても上手くいかない。私、大ちゃんとは仲良くしてたいの」震える声で歩実は言う。
「何でそんな事言うんだよ。嫌な所あったら直すから。会いにも行く。毎日連絡もするから」俺は電車の音に掻き消されないように大きな声で言った。
「そういうんじゃないの。大ちゃんも分かるでしょ? だから。ね?」歩実は今にも泣きそうな顔にも関わらずニコッと笑った。
俺はその場に立ちすくんだまま歩実の後ろ姿を眺める事しか出来なかった。
電車に乗り込む前には歩実の両親や夢が駆け寄り、最後の言葉を交わしている。
俺はホームの椅子に腰を掛け、走り出す電車にも手を振らずその光景をじっと見つめていた。
飛んで火にいる夏の虫 道端道草 @miyanmiyan
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