第6話 波乱(5)

長い冬も終わり俺達も三年へと進級し、高校最後の年となった。


進級すると同時に須藤から俺にある知らせが入った。


この春から陽子が別の学校へと転校する事になったらしい。


もしかすると、あの一件の事をずっと気にしていたのだろうか。


もしかするとこれが陽子なりのけじめだったのかも知れない。


俺達五人は三年になり、めでたく皆同じクラスになった。


五人でわいわい出来たのも最初の内で、三年になると何かと忙しく進路の話や就職の話、面談の練習やオープンキャンパスなど色んな行事に追われていた。


航と夢は地元の大学へ進学するらしく、日々机と睨めっこしていた。歩実は美容師を目指して専門学校へ行く為に、放課後はパソコン室で調べものをしたり、先生と遅くまで話したりしていた。


俺と元喜は将来の夢も無く、大学に行ける学力も無く、放課後二人で公園のブランコを漕ぎながら話し込む毎日を送っていた。


「もう夏も終わっちゃうねぇ。ところで、大地は就職するの?」元喜がブランコを漕ぎながら言った。


「んー、たぶん。まだよくわかんね。元喜は? 何かやりたい事あんの?」俺は訊いた。


「特にないかなぁ。政治家にでもなろうかな?」


「国が亡びるぞ」


「じゃあ医者」


「命がいくらあっても足りないな」


「弁護士」


「皆、有罪になるな」


元喜はムッとした表情で俺を睨んだ。


俺はその視線に気付かない振りをしながら、ゆっくりブランコに揺られた。


「大地は歌手になりなよ」元喜はやり返しにそう言ったが、俺が全く取り合わないのでつまらなそうにしていた。


「歩実も航も夢も皆進学だもんなぁ。俺達だけだぞ? 何にも決まってないの」俺は思わずため息を吐いた。


「大地、ごめん……。俺、就職先決まってるかも」元喜は申し訳なそうに言った。


「どういう事?」


「父さんの知り合いに建設関係の仕事してる人がいて、そこの会社にお世話になる事になったんだ」


「なんだよー! 早く言えよ! 皆でお祝いしなくちゃ」俺は元喜の肩を叩いた。


その帰り俺は元喜と別れた後、ものすごい焦りに追われていた。


今までは元喜がいたからのんびりやっていたが、その元喜も就職が決まっていた何て……。


俺はその次の日から毎日、放課後学校に寄せられている求人に目を通した。


でも自分が思い描く仕事には中々巡り合えるものではなかった。


思い描くといっても特にやりたいことも無い俺は、ただ漠然と求人を眺めていただけなのかもしれないが。


何も変わらぬまま数日が過ぎた。俺は未だ何も変化の無い自分に更に焦りを感じていた。


その日の放課後、歩実が「相談があるから一緒に帰ろう」と誘ってきたが、俺は「ごめん。

今日この後面談なんだ」と断った。


歩実は「じゃあまた今度でいいや」と言い先に帰って行った。


相談の内容が気になったが、今は自分の事を気にした方がよさそうだと思い、今日の夜にでも電話する事にした。


学校での面談も終わり。重い足取りで下校する俺に後ろから耳障りな声で話し掛けてくる奴がいた。


「先輩! 何で無視するんですか!」須藤は走りながら近寄って来た。


「今、お前と話す気分じゃないんだよ」俺は冷たくあしらった。


「何か暗いですね? 歩実先輩と喧嘩でもしました? なんなら俺が引き取りますよ?」須藤は相変わらずの調子で話し掛けてくる。


「喧嘩なんてしてねぇし、お前なんかにやらねぇ」俺は足取りを速めた。


「ところで先輩に一つ訊きたい事があるんですけど」


俺はまた何か企んでるのか?と少し呆れたが話だけ聞くことにした。


「なんだよ」


「夢先輩って好きな人います?」


「は?」俺は思わぬ質問に開いた口が塞がらなかった。


「夢先輩って可愛いし優しいし、それに彼氏いないんでしょ?」須藤は言った。


「まぁ彼氏はいないけど。なに? お前もしかして好きなの?」俺は訊いた。


「好きになっちゃいました」須藤は何の恥じらいも無く答えた。


それからなぜか須藤の恋愛相談を聞かされた。


須藤は歩実に振られた後、すごく気を落としている所に夢が励ましてくれたみたいだ。


そこで須藤の中で夢への気持ちが高まったらしい。


そういえば最近、二人が話している所をちらほら見かけていた気がする。


「何か夢先輩もある人から振られて、それっきり恋愛してないみたいなんですよね。あんないい人誰が振るんでしょうね?」須藤は俺に訊いてきたが俺は「さぁ? 誰だろうな?」とだけ答えた。


須藤の話は延々と続き、俺が「もう帰るぞ」と声を掛けた時にはもう既に八時を回っていた。


家に帰り、疲れていたのかすぐに睡魔に襲われた。


ここ最近は就職の事でかなり頭がいっぱいだったからだろうか。


今日はいつもより早く寝る事にした。


翌日、茂田さんから電話が掛かってきた。


電話の内容は今日店に顔を出せるかという事だった。


最近、進路で悩んでいたのもあったし、相談も兼ねて俺は茂田さんのお店に行く事にした。


その日の昼休みには元喜が、就職がちゃんと決まった事を皆に報告した。


久しぶりに五人で集まった事もあって、皆それぞれの近況を話していた。


航や夢はもうすぐ試験が迫っていて、勉強も追い込みに掛かっているらしい。


歩実は進学について詳しい内容は話さなかったが、歩実の事だから順調に話が進んでいる事だろう。


「で、お前だけ何も進歩なしか。もう秋だぞ? さすがにやばいだろ」航は言った。


「大地、卒業していきなりニートじゃ歩実養っていけないよ?」夢が追い打ちを掛ける。


「大丈夫だよ。いざとなったら歌手になるんだから」元喜がからかう。


「分かってるよ。冬までにはどうにかするって」俺は力の無い声で言った。


四人は何も言わずに見守ってくれているのか、それ以上は言わなかった。


教室に帰る途中、歩実が「ねぇ、この前の相談なんだけど。今日はどう?」と言ってきた。


「ごめん。今日は茂田さんの店に行く事になってるんだ。夜電話するよ」俺は手のひらを合わせ、歩実に頭を下げた。


「分かった」歩実の表情は少し寂しそうに見えた。


放課後、急いでバスに乗り茂田さんの店へと向かった。


開店前の店の扉を開くと、そこには茂田さんが仕込みをしている姿があった。


いつもふざけているが、仕事をしている茂田さんはすごくカッコよく見える。


「おう! 来たか!」相変わらずの強面で話し掛けてくる。


「最近調子はどうだ?」と訊かれ、俺は周りが進学や就職を決めていく中、自分だけが取り残されている気がすると胸の内を語った。


茂田さんは俺の話を黙って聞き、俺が話し終えると「今日時間あるか?」と訊いてきた。


幸い明日は学校は休みだし、特に用事も無かったので「大丈夫ですよ」と答えた。


茂田さんはそれを聞くと仕込みの手を止め、裏に行って何やらガサゴソと探し始めた。


「ほら。これ着て、今日店手伝え」茂田さんは俺に店のTシャツを投げた。


「え? 手伝うんですか?」俺は訊ねた。


「嫌なのかよ」茂田さんは低く鋭い声で言った。


俺はそれ以上何も言わずにただ頷き、その場で渡されたTシャツに着替えた。


調理場に入り、手を洗わされた後、茂田さんがやっていた仕込みの手伝いをさせられた。


しばらくすると、店のバイトさん達もやって来てお店が開店した。


週末だけあってか、あっという間に満席となった。


俺はあれこれ指示を受けながら何とか失敗せずに一日が終わった。


「お疲れ。後で送ってやるから、これ食って待ってろ」茂田さんはそう言うと賄いを出してくれた。


「バイト代はちゃんと出すから、明日も今日と同じ時間に来い」と言われ、俺は頷く事しか出来なかった。


だけど料理を作る事は不思議と悪くない気分だった。


そして俺はこの時、すごく大事な約束がある事をすっかり忘れていた。

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