第6話 波乱(4)

「何でこんな時間にいるんだよ」俺は驚き、言葉が少し震えた。


「何かおかしいと思ったんだよ。見張りは放課後だけだし、いきなり見張りを止めるって言ったり、やっぱりお前が片付けてたのか」


こいつはいつも俺の考えている事はお見通しのようだ。


「航にはバレてると思ってたよ」俺はそこに立つ航に言った。


「で? 犯人の目星はついてんのか?」


「それは分かんない。けど見張りを止めた途端これだ」俺は歩実の机を指差した。


「朝はお前がいるし、夜は警備がいる。あるとしたら俺達が教室を空けた時か帰った後って事か」航は机の上に座り言った。


俺達が教室を空ける時は他の生徒も授業しているし、何よりも目立ちすぎる。


あるとすればやはり放課後しか考ええれなかった。


「じゃあ、見張りをしているのもばれてたって事か」俺は呟いた。


「もしくは見張り役に犯人がいるかだな」航は冷たく答えた。


「見張り役にはいないだろ。その日にやればすぐにばれちゃうし」


「馬鹿。情報を事前に仕入れる事が出来れば、見張りがいない時にやるのなんか簡単だろ」


「俺達五人の中に犯人がいるのか?」俺は訊ねた。


「可能性の話だ。単純に見張りがいない時を狙っているだけかもしれないし」


俺と航はそんな話を繰り返していた。


数カ月、見張りを止めてみたがやはり嫌がらせは無くならなかった。


その事実は俺と航だけの秘密にしておく事にした。


また嫌がらせが始まったとなると歩実は勿論、夢も落ち込むに違いないからだ。


夢は数カ月、歩実への嫌がらせが無くなった事を大いに喜んでいた。


最近の昼休みはなんだか暗い感じだったが、それからは今までみたいに明るい雰囲気で過ごせた。


この一件を機に五人で屋上に集まるのが日課となっていた。


静かな屋上も今は騒がしくなったが、これはこれで悪くない気分だった。


この日は須藤と陽子も屋上に集まり、七人で弁当を食べた。


「今日、帰りに皆でカラオケにでも行こうよ!」夢が提案する。


すると他の三人が俺を凝視し笑いだした。


「なんだよ!」俺は歩実、航、元喜に向かって言った。


「大地とカラオケ楽しみだなぁと思ってさ」元喜はニヤニヤしながら俺を見た。


「まさかカラオケであの美声を聞けるとは」航は明らかに俺を馬鹿にした風に言った。


「そんなに上手いんですか? 僕らも行ってもいいですか?」須藤が横から入ってきた。


「駄目だ。関係者以外は一緒に行けない」俺は即座に断った。


「いいよ! いいよ! 一緒に行こう。陽子ちゃんもおいでよ」夢が人の気も知らないで須藤と陽子を誘った。


「ありがとうございます。お前どうする?」須藤は陽子に訊いた。


「私、放課後先生の所に行かなくちゃいけないの。でもそれが終わってから行ってもいいですか?」陽子は申し訳なさそうに言う。


「全然大丈夫! 待ってるから」夢が答えた。


こんな感じで勝手にカラオケに行く事が決まった。屋上からの帰り、歩実が俺に「大丈夫?」と笑いを堪えながら訊いてきた。


俺は「これは十八番を出すしかないな」と意気込む俺を見て歩実は堪えきれずに笑い出した。


「期待してるね」と笑顔で言い、俺達は教室へと向かった。


俺は久しぶりにちゃんと歩実の笑顔を見た気がした。


放課後「さぁ行くよ!」と隣のクラスから夢がやって来た。


今日の夢はいつもよりかなりテンションが高かった。


誰よりも歩実への嫌がらせが終わった事を喜んでいたのだろう。


俺達は五人で下駄箱に向かい、途中須藤と合流しカラオケへと向かった。


季節はあっという間に進み、外はすっかり冬景色だった。


皆マフラーを首に巻き、身を丸めながら歩いていた。


「やべっ!」俺はいつもポケットにある物が無い事に気付いた。


「どうしたの?」歩実が訊ねる。


「携帯学校に忘れた。すぐに行くから先に行っといて」俺はそう言うと急いで学校の方へと走った。


後ろから「大地がこないと盛り上がらないから早くね!」と元喜の声が聞こえた。


明らかに馬鹿にしている言い方だったが、敢えて聞こえてないふりをしてやった。


学校へ着き教室に向かう途中、学ランの内ポケットから携帯が揺れた。


携帯を開き画面を見ると、航からメッセージが届いていた。


内容を確認するとそこには「大根役者」とだけ書かれていた。


やっぱり航にはばれていたか。俺は自分の心を見透かされたのを少し恥ずかしく思った。


ほとんどの生徒が下校し、学校内は静まり返っていた。


俺は教室に着くと、すぐには入らず大きく息を吸い深呼吸をした。


そしてゆっくりと扉に手を掛け開けた。


扉を開けた先には、一人の女の子が歩実の席の前で何やら作業を行っていた。


俺が扉を開けた事に驚いた彼女は、咄嗟に自分の体で机を隠した。


「先輩、どうしたんですか? 忘れ物ですか?」彼女は少し動揺していた。


「陽子ちゃんだったんだね。歩実に嫌がらせしてたの」俺は低く冷たい声で言った。


陽子は、はははと甲高く笑った。


「見られたら言い訳しようがないですね。全部私ですよ」陽子はその事実をあっさりと認めた。


「なんで歩実だったの?」俺は訊く。


「あの女、琢磨に色目使って散々たぶらかしといて、自分だけ楽しそうにしてるから。琢磨の気持ちも知らないで。だから仕返ししてやろうと思って」陽子は怒りを抑えながら話した。


「だからってやり過ぎだろ。須藤の事思うんなら、歩実に直接言えばよかっただろ?」


「私が言っても何も変わりはしないからですよ。私の方が琢磨を思ってるのに……。夏祭りの日も、先に約束してた私に構わずあの女を誘うし、琢磨のお母さんが倒れた時だって、琢磨はいつも一緒にいる私じゃなくてあの女に頼ったんです。私にとってあの女は邪魔なんですよ。夏祭りに日、あの女の携帯を抜き取ったのは私ですよ? 先輩と別れて傷つけばいいと思ってね」陽子は声を荒げて言った。


俺は陽子の語る全てを聞いた。


いきなりの事に少し頭の整理が追い付かなく、沈黙が続いた。


まさかあの穏やかで、人一倍優しい陽子ちゃんが犯人なんて想像もしていなかったからだ。


「理由は分かった。陽子ちゃんの気持ちも分かった。でも陽子ちゃんのやった事は許せない」俺は長い沈黙を破った。


「別に許して欲しいとか思ってませんから」陽子に反省した素振りは全く無かった。


須藤を苦しめる悪を成敗する事は、陽子にとって正義なのかもしれない。人を思う気持ちがこうも人間の行動を変えてしまう。


俺にとっての悪は歩実を苦しめる奴で、そいつを成敗する事が正義なのだが、俺も陽子も「好きな人に苦しみを与える奴は悪である」その一点だけを見れば同じ事なのだ。


俺は陽子の言葉に少し心が揺れた気がした。


「もうやらないと誓ってくれ」俺は陽子に言った。


「ばれたんだからもうしませんよ。でも一つだけいいですか?」陽子は訊ねた。


「なに?」


「ここ最近見張りもいないし、なぜか先輩達は嫌がらせが終わったと喜んでる。私は見張りがいない時は必ずやっていたのに。もしかして片付けてたのは先輩ですか?」


「そうだよ。毎朝一番に来て片付けた」俺は答えた。


「先輩も相当気持ち悪いですね?」陽子は微笑んだ。


そして陽子は観念したのか、歩実の机の上を片付け出した。


「もう嫌がらせはしません。どうせ皆にばれるのも時間の問題だし、ばれたら今度は私がイジメられるだろうしね」


「何でばれるの?」


「は? 先輩が言ったらそりゃ自然に回るでしょ」陽子は呆れた表情で言った。


「言わないよ。二度としないなら」俺は真剣に陽子を見つめた。


「馬鹿なんですか? 普通許さないでしょ。こんな事までされて言わない何てあり得ませんよ。偽善者ぶらないで下さい!」陽子は怒号した。


「別に偽善者ぶってはないよ? 少しだけ気持ちは分かるからさ」


陽子は黙ったまま歩実の机を片付け、教室から出る間際に「もう勝手にしていいですから」と呟き帰って行った。


俺はその後、皆が待っているカラオケボックスへと向かい、陽子は用事で来れなくなったとだけ伝えておいた。


夢や歩実は残念がっていたが、航だけは俺の言葉の真意を理解しているようだった。


そうして俺は皆に押し付けられる様にマイクを渡され、期待されていた十八番を熱唱する事になった。


その後どうなったかは言うまでもない。

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