第6話 波乱(3)

長い夏休みも終わり二学期が始まった。俺はあの夏休み最後の出来事を思い出してはニヤついていた。


「大地、なんかいい事あったの?」元喜が俺の顔を覗き込んだ。


「この暑さで頭故障してんだ。ほっといてやれ」航が元喜に言う。


俺は幸せが体中から滲み出ていて、その表情は周りから不審がられる程だった。


そんな事が数日続き「月島大丈夫か?」とクラスの連中が俺の異様な変わりように心配する。


その度「暑さで馬鹿になってるんだ」と元喜が皆に説明していた。


航が言った言葉を真似ているつもりだろうが、何を間違えたのか完全に悪口になっていまっている。


だが今の俺にはそんなの気にもならなかった。


後日歩実から聞いたのだが、学校が始まってすぐに須藤から告白されたらしい。


最初は少しイラつきもしたが、歩実の「大ちゃんだけだから」と言う言葉を聞いてその熱もすぐに冷めた。


それとは別に「最近大ちゃん変な噂流れてるよ? なんか悟りを開いたとか」と聞かされた。


クラスでは俺が夏休みに寺に泊まり込みで修行しに行った事になっているらしい。


そんな他愛もない話をしながら毎日を過ごし、時間が経つに連れ、俺達の関係は強く、深くなっていった。


木々が色付き始めた頃、クラスにある異変が訪れた。


俺が教室に入ると歩実の机の周りで数人が丸くなって何か話し込んでいた。


俺はその光景を眺めながら、自分の机に荷物を置くと元喜に何があったのかを訊いた。


「朝から何かあったの?」


「俺も詳しくは分からないけど、歩実の机に悪戯されてたみたいなんだ」元喜は小さな声で答えた。


その後すぐにチャイムが鳴り、歩実の机から人だかりがバラけた。


俺はすぐに歩実に駆け寄り「どうした?」と訊いたが「なんでもないよ」と笑顔で返された。


俺も最初は誰かの悪戯程度だろうと思っていたが、その嫌がらせは次第にエスカレートしていった。


「最低!」夢が屋上で怒号した。


「さすがに行き過ぎだな」航は夢に便乗するように言った。


昼休み俺達五人は屋上で話し込んでいた。


議題は勿論歩実への嫌がらせを誰がやっているのか。


「夢、ありがとう。でも私は大丈夫だから気にしないで」歩実は弱々しく言う。


「大丈夫な訳ないでしょ?」夢は優しく歩実に寄り添い頭を撫でた。


「何か心当たりはあるの?」元喜は訊ねた。


歩実は何も言わず横に首を振った。


「とにかく! 皆で犯人捜しましょう!」夢は俺達を鼓舞する。


こうして少数精鋭ながら、歩実へ嫌がらせをしている犯人を捜す事になった。


その間も、歩実への嫌がらせは毎日続き、歩実は日が経つに連れ元気が無くなっていった。


嫌がらせは机にだけじゃ留まらず、上靴や教科書などにも被害が及んだ。


俺達四人も懸命に捜すが証拠も無ければ、手掛かりすら無い状態から捜すのには少々無理があった。


次の日、俺はいつもより二時間早く起き、学校が開くより先に登校した。


嫌がらせが行われているのが、俺達が下校した後なのか、登校する前なのかを突き止める必要があったからだ。


しばらくすると校舎が開けられ、まず俺は歩実の上靴を確認した。


右足からはゴミが左足からは画鋲が出てきた。俺はそれを見て血の気が引いた。


まさかここまで酷くなっているとは想像もしていなかった。


歩実は俺達に心配を掛けないように大丈夫なふりをしていただけなのだろう。


俺はその両方を全て取り除き、次に教室へ向かった。


まず目にしたのは歩実の机の上に花瓶が置かれ、そこには一輪の花が飾られていた。


俺は花瓶を退け、机の中のゴミを取り出し、歩実の机を綺麗に片付けた。


ここまで徹底的にやり込むのは最早嫌がらせでは済まされない。


俺は怒りを抑えながら頭をフル回転させていた。


今日、俺は誰よりも早く登校している。


それなのに嫌がらせをした跡があるのは、俺達が下校した後に行われたと考えて間違いなさそうだ。


その日の朝。夢が歩実への嫌がらせが無くなっていた事にすごく喜んでいた。


俺はそれを見て少し申し訳ない気持ちになったが同時に、このまま嫌がらせが終わった事にしてもいいか、とも思った。


昼休み、いつもより少しだけ元気になった歩実と、ハイテンションな夢を見ながら少しだけ心が和んだ。


普段屋上には誰も顔を出さないが、この日は珍しく須藤と陽子がやって来た。


「どうしたの?」夢がこちらに歩いて来る須藤に向けて言った。


「あ、いや、歩実先輩大丈夫かなと思って」須藤は心配そうな面持ちで答えた。


「何の心配だよ」航が棘のある言い方で訊いた。


「変な噂を聞いたので。先輩がその……嫌がらせされてるとか。本当なんですか?」


「まぁ、噂だし。須藤が気にする事じゃないよ」元喜が言う。


「でも最近の先輩どこか元気が無くて心配で」須藤は俯いた。


「私は大丈夫だよ。ありがとう」歩実は力の無い声で須藤にお礼をした。


「何か私達に手伝える事ないですか?」陽子が静かに口を開いた。


「どうする?」夢が皆に伺いを掛けた。


「まぁ、人数は多い方がいいでしょ」元喜が言う。


俺も航も頷き、現在の状況を須藤と陽子に説明した。


須藤はそれから目を丸くして何も喋らなかった。


よっぽどショックだったのか驚いたのか、いつもの須藤らしくない表情だった。


陽子の方は真剣に話を聞き、自分の出来る事を一生懸命に探していた。


俺達はこれから交代で放課後に見張りをする事にした。


皆で放課後見張ると怪しまれる為、敢えて一人だけが学校に残り、誰の仕業か突き止めようと考えたのだ。


月曜日は俺、火曜日は元喜、水曜日は航、木曜には須藤、金曜日は陽子となった。


夢は歩実に付き添い、毎日一緒に下校し違和感の無いようにした。


この作戦が決まる前、航が「何で放課後限定なんだよ」と俺に訊いてきたが「朝は起きれないだろ?」と誤魔化しておいた。


勘のいい航の事だから何となく状況は理解しているのか、今回はやけに素直に納得した。


それから俺は毎朝一番に登校したが、見張りの効果があってか嫌がらせはピタッと無くなった。


俺達が見張りを始めて一か月が過ぎた。


「あれから一か月経ったけど、歩実への嫌がらせも無いし、もう終わったんじゃない?」夢は皆に訊いた。


「そうかもね。それらしい奴もいないし、もしかしたら俺達が見張っているのを見て諦めたのかも」元喜が答える。


「だとしたら見張りがいなくなったら、また再発するかもしれないな」航が呟いた。


「一回、見張り止めてみようか。犯人がどう出るか見ようよ」と俺は提案した。


俺の案は却下されかけたが、航が「今のままじゃ犯人も分からないし、押して駄目なら引いてみるのもありかもな」と言うとなぜか可決された。


その日俺達五人と須藤、陽子は見張りをせずに帰る事にした。


次の日、俺はいつも通り誰よりも朝早く登校した。昨日見張りをしなかったからか、今日はしっかり嫌がらせが行われていた。


犯人も相当根気強く続ける気でいるようだ。


俺は犯人に対して苛立ちを感じながら、教室でそれらを片付けている途中、教室の外から足音が近付いてくるのが聞こえた。


俺は咄嗟に物陰に隠れようとしたが間に合わなかった。


ガラッと教室の扉が開き「やっぱりお前だったのか」と扉の向こうにいるそいつは言った。

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