第6話 波乱(2)

俺は目的のバス停でバスを降り、もう一度歩実に電話を掛けていた。


プルルルルと呼び出し音だけが虚しく耳元でなり続ける。


ふと視線の先に光を放つ何かが見えた。俺は光の方へ近付くと、それが誰かの携帯である事に気付いた。


俺はまさか歩実の携帯ではないよな、と思ったがそのまさかだった。


俺の耳元で呼び出し音が鳴り続けている間、その携帯も着信音を鳴らし続けた。


俺は歩実と須藤の行き先も分からなかったので、落ちている携帯を拾い歩実の家へと走った。


歩実の家に着いた俺は、しばらく家の近くをうろうろしながら考えていた。


こんな夜分遅くに失礼だよな。いきなり娘の携帯を持って現れる不振な男に見えるよな。


考えだしたらきりが無い。


俺は覚悟を決めて歩実の家のインターホンを鳴らした。


「はーい」とドアの向こう側から女性の声がした。


ドアの向こうから出てきたのは歩実のお母さんだろうか?歩実にそっくりな顔立ち、笑った時の表情は親子そのものだった。


「夜分遅くにすみません。僕、歩実さんと同じクラスの月島と言います。歩実さんはいらっしゃいますか?」俺は声を震わせながら言った。


「歩実はまだ帰ってきてないの。何か用事があった?」お母さんは俺に優しく問い掛けた。


「これ。忘れてたみたいなので、渡してもらえますか?」俺はお母さんに歩実の携帯を渡した。


「ごめんね。わざわざありがとう」お母さんは申し訳なさそうに携帯を受け取った。


俺は「じゃあ、失礼します」と言い、お母さんにお辞儀をし、歩実の家を後にした。


歩実はまだ家には帰っていないようだったので、俺は近くの公園で歩実の帰りを待つ事にした。


静かな夜に虫達の鳴き声だけが響いていた。


公園の近くには誰もいなく、辺りを照らす外灯もほとんど無かった。


暗闇の中、一人でブランコに乗りゆっくり前後に揺らした。十分程経っただろうか?公園の端の方に二人の人影が見えた。


ザッザッ、と砂の上を歩く音が次第に大きくなり、こちらに近付いて来る。


「大ちゃん?」


薄暗くて相手の表情までは見えなかったが、そこには確かに歩実と須藤が立っていた。


須藤は何事も無かったように「こんばんは」と一言俺に挨拶し、すぐにその場を立ち去ろうとした。


「二人で仲良くお帰りですか?」俺は二人に向けて少し嫌味っぽく言った。


その言葉には憎しみ、怒り、悲しみとも言える様々な感情が入り混じっていた。


「違うの。これには理由があってね、須藤君の」


「それって俺との約束より大事な事?」俺は歩実の話を遮り、訊いた。


「歩実先輩は悪くないですよ。僕がお願いしたんです」須藤は俺と歩実の話に割って入った。


「お前少し黙れよ。俺は今歩実と話してんだから」俺はドスの効いた声で言った。


「ごめんね。携帯落としちゃって……。連絡出来なかった」歩実は俯き少し声を震わせていた。


俺は無言で立ち上がり、二人の間を横切り公園を出て行った。


これ以上一緒にいたら、爆発し兼ねない。


俺は一度頭を冷やそうと思い、航に電話をした。


「もしもし」相変わらず暗いトーンで電話に出る。


「今から行っていい?」


「歩実はどうしたんだよ?」


「まぁ行って話すよ」


俺は少し早歩きで航の家へと向かった。


航の家に着くなり俺は今日の出来事を勢いに任せ航に話した。


順番や話の構成なんかめちゃめちゃで、とにかく話し続けた。


俺の感情も織り交ぜながら話していたので余計話しが分かり辛かっただろうけど、航は何も言わずに聞いてくれた。


一通り話したところで航が口を開いた。


「で? 結局何で歩実は須藤と一緒な訳?」


「聞いてない」


「須藤の奴が何をして歩実と一緒にいたのか知らないけど、歩実にも言い分があるだろきっと。一回ちゃんと話し合った方がいいぞ?」


「今話しても冷静になれないわ」


「まぁ、気持ちが落ち着いたら話してみろよ」航はそう言うと、それから何も訊いてはこなかった。


翌日、俺は歩実に連絡することはなかった。その翌日もそのまた翌日も連絡をしなかった。


歩実からは毎日謝罪のメッセージが届いたが、どのメッセージにも返事はしなかった。


花火大会から五日が過ぎた頃、バイト先に俺を訊ねてお客さんが来た。


「大地君、お客さんだよ」麗香さんが俺を呼ぶ。


そこに立っていたのは歩実だった。


麗香さんは気を利かせてくれたのか「店番やっとくから、向こうで話しておいで」と言ってくれた。


俺は麗香さんの言葉に甘え、店を任せる事にした。無言のまま波打ち際を二人が一定の距離を保ちながら歩く。


「あの、いきなりごめんね」長い沈黙を破り、歩実は元気の無い声で言った。


「別に怒ってないよ。少しビックリしただけ」


「この前の事なんだけど……。ちゃんと謝っておきたくて。大ちゃんとの約束があったのにごめんね」


「うん。まぁ俺も理由聞かないで帰ったし、返事も返してないし……。その、ごめん」俺は言葉を詰まらせながら言った。


「大ちゃんは悪くないよ。あの状況だったら私も怒って帰っちゃうし」


「でも何で須藤と一緒だったの?」俺は訊ねた。


歩実は花火大会の日に起こった事を話し始めた。俺は歩実が話している間、口を挟む事無くただただ黙って聞いた。


歩実の話をまとめるとこういう事らしい。


あの日歩実は俺との約束に間に合うように家を出て、少し早めにバス停に着いたらしい。


そこには偶然にも須藤と陽子がいたらしく、歩実は二人で花火を見に行くのだろうと思っていた。


ところが須藤は陽子に構わず、その場でも歩実を花火に誘ったらしい。


歩実は須藤の誘いを断っていると、須藤の携帯に一本の電話が掛かった。


須藤は電話に出るなり表情がみるみる内に暗くなったという。


明らかに様子が変だったので、歩実は須藤に何があったか訊ねたところ、須藤は「病院からの連絡で、母が危ないらしいです」と声を震わせていたらしい。


陽子は歩実に「気にせず会場へ行って下さいと」何度も言うが、須藤の方は「先輩、一緒に病院へ来てくれませんか?」と涙目になりながら頼んできたらしい。


歩実は病院に行くだけなら、と思いタクシーを拾い三人で一緒に行く事にしたみたいだ。


病院に着くなり須藤は先生と暗い表情で話し込んでいて、陽子は歩実に須藤の状況を説明してきたという。


須藤の家は母子家庭らしく、母と須藤の二人で暮らしていた。最近母の体調が悪く、病院に搬送される事が多々あったらしい。


陽子はそう語ると蹲って泣き出し、歩実はそっと陽子の隣に座り一緒にいてあげたみたいだ。


その後須藤は先生の話を聞くのに、歩実にも一緒に聞いて欲しいと頼み込んで来たようだ。


歩実は一度は断ったが、陽子から聞いた話を思い出し、断れず承諾したらしい。


陽子はその後に会場へ行き、そこで待っていた俺と会ったという事だろう。


公園で会ったのは病院からの帰りで、須藤が歩実を家まで送っていった帰りだったという事だ。


これが花火大会の日に起こった一連の出来事。


「私も早く連絡すればよかったんだけど、携帯落としちゃってたから……。ごめんね。大ちゃんが携帯届けてくれたんだよね?」


「うん。携帯の事は別にいんだけどさ。あの日すごい心配した。連絡も付かないし、会場には来ないし……。それなのに須藤と一緒にいるのを見てついカっとなって」俺は振り返り、歩実の前に立った。


「うん。ごめんね。大ちゃん、返事も無かったし、私もすごい不安で。バイト中なのにいきなり押しかけてごめん」歩実は目に涙を浮かべて言った。


「俺の方こそごめん。だからもう謝らなくていいから」俺は歩実の頬に流れる涙を手で拭った。


歩実は安心したのか、今まで我慢していた涙が溢れ出した。


俺は歩実の頬にそっと手を添わせ、優しく唇を合わせた。


歩実の唇は柔らかく俺の唇を優しく包み込んだ。

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