第6話 波乱
「だははは」茂田さんは腹を抱えながら大声で笑う。
今年の夏も海の家を手伝って欲しいと連絡があり、どうせやる事もないので今年も手伝う事にした。
最初は歩実と遊びにでも行こうと考えたが、歩実は夏期講習に通うらしく「夏休みはあまり遊べない」と言われたから丁度よかった。
「そんなに笑う話でもないでしょ」
「いや、面白いな。そいつ。今度連れて来いよ」
俺は入学してから須藤がしてきた事を茂田さんに話した。
茂田さんは須藤の事をすっかり気に入り、会いたがっていた。
「嫌ですよ。それにあいつ俺の言う事だけ聞かないし」
「いいねぇ。青春してるじゃない」
俺の言葉に反応したのは麗香さんだった。
今年は航と元喜がバイトに来れない為、手伝いに来てくれていた。
いつものユルフワな髪は今日は一つに結ばれていた。
「あいつが勝手に絡んでくるだけですって」
須藤はあれからというもの、懲りずに歩実を何度も花火大会に誘っていた。
歩実は毎度困った表情で俺に助けを求めてきたが俺はあえて無視していた。
歩実がどうするのか気になったし、歩実本人が断ったら須藤も諦めると思ったからだ。
結果は言うまでもないだろうが、須藤のしつこい誘いは失敗に終わった。
優しい歩実は当たり障りのない断り方をするが、そんな事では須藤はめげなかった。
結局、夏休みに入るまで二人の攻防は続いた。
俺はその事を呑気にしている二人に話した。
「歩実ちゃんって去年一緒にお祭りに来てた子でしょ? あの子可愛いもんね」麗香さんはどこか冷たい表情をしながらそう言った。
麗香さんの彼氏だった水田先輩は麗香さんと別れた後、歩実に告白していた。
その事実を知っているのかは分からないが、麗香さんからしたら歩実はあまり関わりたくない人物なのかもしれない。
「歩実ちゃんって麗香ちゃんの彼氏に告白されたんだろ?」
「ちょっ! 何を言ってるんですかいきなり」
さすがは茂田さん。場の雰囲気を読まずに思った事をすぐに口に出してしまう。
「この前お前が言ってたじゃねぇか」
「大地君気にしないでいいよ? その事なら私知ってるから」麗香さんの言葉に俺は思わず「誰に訊いたんですか?」と答えは分かっていたがそう訊ねた。
「茂さんだよ」
やはりそうだったか。俺は一度茂田さんの方に視線を向けると何か悪かった?みたいな表情をしていた。
「あの……。なんて言うか、大丈夫ですか?」俺は少し回りくどく訊いた。
「全然大丈夫だよ! だって私もう彼氏いるし」
茂田さんは「さすが麗香ちゃん。切り替えが早い!」と笑っていた。
こんな他愛もない会話を繰り返しながら、夏はすごい速さで過ぎていった。
花火大会も間近に迫り、辺りは本番に向けての準備が進められていた。
俺達5人は今年の花火大会は別々に行く事になった。
それも夢と航が俺や元喜に気を使って二人にしてあげようという気持ちからだろう。
俺は歩実と連絡を取り合い、当日現地で落ち合う事になっていた。
去年同様、俺はバイトが終わり次第歩実を迎えに行き、二人で楽しい花火大会になるはずだった……。
「おい! 大地! そろそろ上がっていいぞ!」
「了解です! じゃあ、お先です!」
俺は歩実との約束通り、バス停まで歩実を迎えに行った。
途中何回か確認の電話をしたが、その電話も留守電に切り替わり、俺は携帯をポケットに入れた。
俺がバス停へ着くと同時にバスが停車し、中からは人の群れが次々に降りてきていた。
その人混みの中には夢と航、元喜と帆夏も乗っていた。
俺は歩実も一緒に乗ってると思い込んでいたが歩実は一向に降りてはこなかった。
「なぁ、歩実一緒じゃなかった?」
「いや、いなかったよ? 行きのバス停にもいなかったし。電話してみたら?」夢は心配そうな声で言った。
「電話出なかったんだよなー。ありがとう。もうちょっと待ってみるよ」俺はそう言って四人を送り出し、ベンチに腰掛けた。
あれから何本のバスを見送っただろうか。遠くの方では花火の音が聞こえ、俺は一人虚しく空に上がる花火を眺めていた。
歩実にはあれから何度か電話を掛けたが、一向に出る様子が無い。
今来たバスにも歩実は乗っていなかった。俺は歩実の安否が気になり少し不安になっていた。
その時バスから降りて来た一人の女性が俺に話し掛けてきた。
「歩実先輩は来ませんよ」
俺は声の方に顔を向けるとそこに立っていたのは陽子だった。
陽子なぜか一人で会場に来ていて、下を向く俺に向かってそう言った。
「どういう意味?」俺は訊ねた。
「歩実先輩は今琢磨と一緒にいますよ」陽子はいつものかしこまった感じではなく、淡々と喋った。
「どうしてそれを陽子ちゃんが知ってるの?」
「さっきまで私、一緒にいましたから。だから先輩がいくらここで待ってても、歩実先輩はここには来ませんよ」
俺は頭が混乱していた。なにがどうなって須藤と一緒なんだ?どうして連絡に出ないのか。
疑問は山程あるが、俺は歩実に会って真実を訊く事にした。
「わざわざありがとう。それを言う為に来てくれたの?」
「それもありますけど……少しだけ花火を見たくて。私の事は気にせず、歩実先輩の所に行ってあげてください」陽子はそう言うと空に上がる花火を眺めた。
俺は花火を見る陽子の横を通り過ぎる時「ありがとう」と一言残し、反対方面のバスに乗り歩実の元へと向かった。
その時の陽子の顔は少しだけ涙ぐんでいたように見えた。
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