第5話 新風(4)

「いやぁ、接戦だったね」元喜が弁当を食べながら、午前行われた百メートルの対決を振り返っていた。


「ヒヤヒヤしたよ、ほんと。負けるかと思っちゃった」と夢が言うと「負けても面白かったけどな」といつものように航が横から口を挟む。


五人で昼食を取りながら、あのたった数秒の出来事について延々と話した。


昼食後すぐに午後の競技が始まる。


リレーに長縄、棒引きや棒倒しなど次々とプログラムは進み、もうじき俺の出番がやってくる。


俺は元喜と鈴木、佐々木と共に入場ゲートの前で準備していた。


「緊張してないか?」佐々木が俺に優しく訊ねた。


「大丈夫、今は全然問題ない」俺は今の心境を言った。


「全員倒して派手に目立とうぜ!」鈴木は相変わらず女子に目立ちたい一心のようだ。


騎馬戦の入場は紅軍、白軍違うゲートからなので須藤と顔を合わせる事は無かったが、須藤も相当緊張しているに違いない。


先手を取られ追い詰められた状態なのだ、この状況でリラックスしていると考えづらい。


「終わった、行くよ」元喜が前の競技が終わった事を伝え、元喜達は騎馬を造った。


一番前には重戦車並の強さを誇る佐々木。


左翼には機動力抜群の元喜。右翼には特に目立った取柄こそないが、目立つ為ならどんな事でもやってのける鈴木。


そして騎馬の上には美しさも力強さも微塵も感じられない俺が乗る。


「せーの!」掛け声に合わせ騎馬が立ち上がる。上からの景色はいつも違いなぜか戦意が湧いてくる。


「行くぞー!」団長の掛け声と共に騎馬の上に乗る人が一斉に上着を脱ぎ捨て、前から順番に入場を始める。


俺も皆に合わせ上着を脱ぎ、上に大きく投げ捨てた。


俺はいつかこんな事もあるかもしれないと思い、密かに筋トレをしていた事を誰にも言わなかった。


代表の六騎の騎馬が向かい合い、中央で団長が握手を交わしルール説明が始まる。


最初は全騎で行われる団体戦。


次に個人の勝ち抜き戦が行われ、勝敗が付かなければ団長騎同士の一騎打ちで勝敗を決めるようだ。


ルール説明が終わると、全騎一斉に戦闘態勢に入った。


ピストルの合図と共に紅軍の一年の騎馬が白軍に向かって突っ込む。


白軍はその一騎を迎え撃つかのように構え、複数で潰しに掛かった。


予想通り紅軍の一年はあっという間に囲まれすぐに鉢巻を取られた。


序盤から劣勢の紅軍は団長騎を中心に固まりゆっくり白軍に前進する。


逆に白軍は大きく広がり外から囲うような陣形を取った。


白軍はじわじわと距離を詰め、一斉に仕掛けて来た。


俺の目の前でいくつもの手が鉢巻に向かって飛び交う。


俺は左から近付いてくる騎馬と対戦になり両手を組み交わす。


どうやら白軍の一年生のようだ。何とか力で押し切り、相手の体勢が崩れた所を狙い鉢巻き取った。


そこで終了のピストルが鳴り一度元の位置に戻る。


周りを見渡すと白軍の方が多かった。


こちらは団長騎と俺の二騎だけだったが、対する白軍は四騎残り団体戦は白軍に軍配が上がった。


続いて個人の勝ち抜き戦が始まり、一年の騎馬から順番に真ん中にあるサークルの中で一騎打ちをする。


体育祭のメインイベントだけあって会場は静まり返り緊張が走る。


個人の順番は学年順で、俺は第四騎目、対する須藤は二騎目だった。


須藤と俺が当たるには須藤が俺の前にいる二年生に勝つ必要があった。


失礼な話だが、大きなトラブルでも無い限り須藤が勝つだろうと俺は密かに思っていた。


俺達が当たる事は必然的なのかもしれない。


「パンッ」と合図が鳴ると一組目が組み合う。


紅軍の騎馬が白軍の騎馬をサークルから押し出し紅軍の勝ちとなった。


この瞬間須藤は三人を倒して俺まで辿り着かなくてはならない一番難易度の高いシナリオとなった。


遠目でハッキリとは分からないが、須藤は余裕の表情を浮かべているように見えた。


すぐに二回戦が始まり須藤の騎馬も先程の騎馬と同様に押し出されそうになっている。


騎馬はラインギリギリの所で踏ん張り耐えている。


紅軍側の誰もが勝ちを確信したその時、須藤の手が紅軍の鉢巻きを奪い取った。


おおお、会場が一気に沸き上がった。その後も波に乗り須藤は何の危なげもなく、俺の前の騎馬まで倒し、見事三人抜きを達成した。


「約束通り勝ち抜きましたよ」須藤は余裕の面持ちで言う。


「見たら分かる」俺は緊張がピークに達し会話どころではなかった。


「俺が勝ったら約束守ってもらいますから」須藤はサークルの中央で向かい合うと、両手を大きく広げ威嚇するような大勢をとる。


俺は大きく深呼吸をし、須藤と同様に大きく両手を広げた。


ピストルが鳴り、俺と須藤はお互いの手を握り押し合う。


俺と須藤には力の差はさほどなかったが、騎馬の実力は雲泥の差だった。


何しろこちらには重戦車の佐々木がいる。みるみる内に外に押し出そうとする佐々木。


俺が今乗っている騎馬はもしかすると、どの騎馬よりも最強かもしれない。


元喜と鈴木は後で叫び声と共に佐々木を援護していた。俺は勝ちを確信した。


鉢巻きは取っていないが押し出せば勝ちは勝ちだ。その時だった。


須藤の手が俺の左側から物凄い勢いで飛んでくる。咄嗟にかわそうとするがすでに遅かった。


頭に巻いた鉢巻きがグッと引っ張られるのが分かる。


俺の頭から鉢巻きがスルスルと離れていき、そこで笛がなった。


俺は咄嗟に白旗と赤旗を持ったジャッジマンの方を見た。


白旗が上がっていれば須藤の勝ちなのだが、ジャッジマンは両手を挙げ取り直し合図を出した。


どうやら佐々木達のお陰で間一髪逃れられたようだ。


「なにやってんだよ! 俺の代わりに乗っといて一年なんかに負けんなよ!」鈴木が俺の尻に蹴りを入れた。


「すまん。油断した。次は大丈夫」俺は肩で息をしながら言うと、鈴木は黙って騎馬を造ってくれた。


再び中央で向かい合い、戦闘態勢をとる。


ピストルの合図で須藤は一気に俺の鉢巻き目掛けて手を伸ばしてきた。


さっきの一戦でなめられたのか、それとも長期戦は不利と考えたのか、須藤が勝ちに急ぐのが分かった。


俺はその手を弾き、須藤の鉢巻きに向かって手を伸ばした。


お互い全く防御はせずに相手の鉢巻きだけを取りにいったのだ。


勝敗が付くのに時間はそう掛からなかった。終了の笛が鳴り、ジャッジマンの手は赤旗を挙げた。


「おい、約束は守れよ」俺は帰って行く須藤にそう言った。


須藤は振り向きもせずその場から去って行った。


左翼から元喜が「やったな! 大地!」と相変わらず自分の事のようにはしゃいでいる。


「次も勝てよ!」鈴木のテンションも上がっていた。


「最後まで行こう!」佐々木が言う。


俺は皆の期待に応え、最後まで勝ち進んだ……。らカッコいいのだが、次の対戦で俺は航にあっさり負けてしまった。


航にはあっさりと負けたが別に悔しさは無く、むしろ喜びと安堵感の方が強かった。


結局、個人戦も白軍は勝利し騎馬戦は白軍の勝利で終わった。


「お疲れ。大地カッコよかったじゃん」閉会式が終わり、夢は俺にハイタッチを求めてきた。


俺はそれに応え「ギリギリだったけどね」と恥じらいながら言う。


「まぁ勝ちは勝ちでしょ。これで厄介払い出来たんでしょ?」


「そうだな」


教室へと帰る途中、陽子が俺に話し掛けてきた。


「あの……。琢磨がすみませんでした。先輩には沢山ご迷惑掛けてしまい、本当にごめんなさい」深々と頭を下げる陽子。


「別に陽子ちゃんが悪い訳じゃないから。そんなに謝らないでよ。ほら顔上げて」


「ありがとうございます。ところで……。先輩と歩実先輩は付き合ってるんですか?」


「うん。付き合ってるよ」


「それなのに琢磨が奪い取ろうとするなんか最低ですよね」陽子は怒気を帯びた表情で言った。


「それだけあいつも真剣なんだよ、きっと。不器用な奴なんだろ」俺は陽子をなだめるように言った言葉が、一年前の自分に言っているようにも感じた。


不器用で人見知り、何の取柄も無い俺に彼女が出来て、それに嫉妬し喰い付いてくる生意気な後輩が出来て、それを面白がりながらも応援してくれる友達も出来た。


こんな俺でも変われたんだ、須藤もきっと変われるさ。心の中でそう呟いた。


「あっ……。どうも」陽子が俺の後ろに向かって挨拶をした。


俺は振り返って見ると、歩実がこちらに歩いて来ている。


「こんにちは」歩実は柔らかく笑い、陽子に会釈した。


陽子は俺に謝ったように歩実にも深々と頭を下げ、何度も琢磨の行動について謝った。


歩実は困った顔をしながら陽子が頭を下げるのを必死に止めていた時、張本人の須藤が歩いてきた。


「あっ。琢磨。先輩達にちゃんと謝りなさいよ!」陽子はさっきまでとは違い、須藤に強く言った。


「今日は俺の負けです。約束通り先輩達にはもう一切関わりません」やけに素直に話す須藤に俺は可愛い所もあるもんだな、と思った。


「せっかくここまで話すようになったんだ。過ぎた事しなきゃいつも通りでいいよ」俺は須藤の今までの無礼を水に流してあげる事にした。


「え? 本当ですか? じゃあ早速なんですが、歩実先輩今度の花火大会一緒に行きましょうよ!」須藤は目を光らせ歩実に言い寄る。


「だからそれをやめろって言ってんだよ!」


俺は須藤が改心したのではないかと思ったが、その期待は数秒で打ち砕かれた。

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