第5話 新風
辺りの木々は新芽を出し、春の到来を感じさせた。
俺は今日から二年へと学年が上がり、クラス替えが行われた。
下駄箱の前に張り出された大きな紙にクラスと名前が書いてあり、皆がそれぞれ自分の名前とクラスを探す。
残念な事に俺達五人は皆一緒になれなかった。
幸い俺は歩実と元喜と一緒のクラスになったのが唯一の救いであった。
元喜が「五人一緒がよかった」なんて必死になって先生に抗議しているが、そんなわがまま通用するはずもなかった。
俺達が去年までいた教室は後輩達が使い、そこには真新しい制服を着て緊張した様子で椅子に座っている姿が見えた。
「うわぁ、今日から先輩だね。私達」夢がいつものようにはしゃぎながら「夢先輩なんて言われたらどうしよう」と一人で妄想を始めだした。
「緊張してきたぁ」隣でなぜか元喜もそわそわし出す。
そういう俺も口には出さないが、新しい環境にわくわくしていた事は皆には黙っておこう。
新学期が始まり、すぐに航は後輩達から注目の的になっていた。
俺と航が一緒に廊下を歩いていると、すれ違う後輩達が「キャー、今目が合った」、「カッコいい」と呟きながら通り過ぎる。
残念な事にそれは俺に向けられたモノでは無いとすぐに分かった。
またある時は、二年の教室まで航を見に来たり、ひどい時には盗撮なんかもされていた。
こうして航の存在は忽ち後輩達に知れ渡ったのだ。
「うぜぇ」うなだれるように言う航に俺は「幸せな悩みだな」と言っておいた。
そんな航が唯一誰にも邪魔されずゆっくり出来る時間が昼休みだ。
「大地。飯行こうぜ」
俺と航はクラスが離れ、こうして航が俺を誘いに来るのが日課になった。
「先行っといて。お茶買うから」
階段を下りた先にある自動販売機は、昼になると長蛇の列ができ、1つの自動販売機に群がるように人で溢れかえる。
歩実と俺は二人で、人でいっぱいになった列の最後尾に並んだ。
「そういえばさぁ」といつものように歩実の何気ない話で盛り上がる。
話しに夢中になっているとその間に列はどんどん進み、すぐに俺達の順番まできた。
歩実は夢の分と自分の分のお茶を買い、俺の買い終わるのを後ろで待っていた。
俺は小銭を投入し、いくつか赤く光るボタンの一つを押した。
「ガコン」と下に落ち、お茶を自動販売機から取り出そうとしゃがんだ時「ドン」と後ろの方から何かが落ちる音がした。
振り返ると歩実が抱えていたお茶の内一本が床に落ち俺の方へ転がってきていた。
そのお茶を拾おうと手を伸ばした時、横から誰か別の人の手が伸びてきた。
俺の手を押しのけながら床に転がるお茶を拾い「はい、どうぞ」と一人の男子生徒が歩実に渡した。
真新しい制服に見覚えのない顔、俺はその男を見てすぐに後輩だと気付いた。
「ありがとう」歩実はその男にお礼を言うと「俺一年の須藤って言います。原歩実先輩ですよね?」とその男は言った。
須藤と名乗る男は短髪のヘアースタイルにキリッとした眉毛、常に美容に気を使っているような綺麗な肌で女性のような顔立ちだった。
「え? どうして知ってるの?」驚く歩実。
「先輩の事、最初見た時から可愛いって思ったんですぐに覚えましたよ」須藤は臆さずに言った。
「ありがとう。嬉しい」と歩実もいきなりの事に少し照れている。
「じゃあ僕はこれで」と須藤は歩実にお辞儀をし、俺には目も向けずに去って行った。
「ははは」と航が高らかに笑う。
俺は屋上でさっきの出来事の一部始終を航に話した。
「大体まず俺に謝るだろ! ていうか先にお茶渡したとしてもその後に謝れよ! ていうか俺謝られてないし!」俺の怒りは収まらなかった。
「お前なめられてんだよ。あんな奴いつでも蹴落とせるってな」航は燃え滾る俺に油を注ぎこんだ。
「歩実もなんか嬉しそうにしてるし。あぁーもう! イライラする!」俺は弁当をやけ食いしては愚痴を吐いた。
「なーに荒れてんの?」夢が風になびく髪を耳に掛けながら屋上にやって来た。
俺はさっき航に話した内容を夢にも話した。
「あっ! それでさっき歩実に一年生の女の子が謝ってたのかな?」夢が言う。
「どういう事?」俺は訊ねた。
「さっき歩実の所に一年生の女の子がきてね、さっきは琢磨がすみませんでした。て謝りに来たんだよ」
夢は数分前の出来事を話すと、俺達の横に腰を下ろした。
「誰だろうな? そいつ」航が疑問を投げかけるが、その疑問に答える事ができるのは歩実だけだろう。
「大地もしかして焼きもち焼いてるの?」夢は俺をからかうように言った。
「断じて違う! 謝りもしないあいつが嫌いなだけ!」俺はきっぱりと断言した。
チャイムが鳴り、いつものように三人で教室に戻るとすぐに歩実が俺の所に寄って来た。
「さっき一年生の女の子があの須藤って子の代わりに謝りに来たよ」
「夢から聞いた」俺は少し不貞腐れたように言うと、歩実は「怒らないの」と子供をあやすように俺の頭を撫でた。
「航にもお客さん来たよ。はい。これ」歩実は何やら紙の束を航に差し出した。
「何これ?」航は歩実に訊いた。
「全部ラブレターでしょ」歩実は満面の笑みで答えた。
「あぁ、神様。なぜ人は生まれながら平等ではないのでしょうか?」俺は心の声を口に出して言うと「歩実と付き合えたんだから大地も十分幸せでしょ?」と夢が言う。
確かにそこの一点だけにおいては誰よりも幸せだ。
夢の一言で気持ちが少し楽になったのか、さっきほどのイライラはしなくなった。
大量のラブレターを抱えた航は、夢と一緒に教室へ帰って行く姿を見て俺は思った。
あれはあれで深刻な悩みかも知れないなと。
下校時間になりいつものように五人でたじまに向かう途中、下駄箱で例の須藤とか言う生意気な後輩と鉢合わせた。
須藤は「どうも」と深々頭を下げた後、こちらに向かって歩いてきた。
「今帰りですか?」爽やかな営業スマイルをばらまきながら話し掛けてきた。
「そうだよ」と夢が少し素っ気無く返事をすると、須藤の後ろから女の子が一人「すみません」と言いながら頭を下げ、近付いて来た。
「琢磨、邪魔になるから駄目だよ」少しぽっちゃりとしたその子は須藤の服を引っ張り、俺達から引き離そうとしている。
「離せよ、陽子。ただ挨拶してるだけだから」須藤はそう言って彼女の手を払った。
「本当にすみません。私一年の田辺陽子と言います。こっちは須藤琢磨です」礼儀正しく自己紹介をした彼女は須藤の幼馴染なのか、世話係なのかどこか航と夢に似たような二人だ。
「先輩これ。良かったら連絡下さい」須藤はそう言うと歩実に一枚の紙切れを渡した。
歩実はその一度断ったが、須藤の押しに負け、仕方なく紙切れを受け取ると恐る恐る俺の顔を見た。
俺は怒りが頂点に達し、歩実が受け取った紙切れを歩実の手から奪い取り、須藤の胸に押し付けた。
「お前どういうつもりか知らないけど人の物に手出すなよ!」俺は怒号した。
「彼女の事を物とか言う人に、先輩を大切に出来るとは思いませんけどね」須藤は怯む事無く俺に言い返したと思ったら「まぁ、今日は俺も強引過ぎたのでこれで失礼します。次からは遠慮しないので」と言い残しその場を去った。
「本当にごめんなさい。根は悪い人じゃないんです。どうか誤解しないで上げて下さい。すみませんでした。失礼します」陽子はそう言い須藤の後を追った。
「大地、カッコいい!」元喜が俺を茶化すように言う。
「あの子勇気あるねぇ」夢が感心する。
「馬鹿なだけだろ」航が付け加える。
「あいつマジでなんなんだ!」俺が叫ぶ。
「でも大ちゃんカッコ良かったよ。ありがとう」歩実の一言で一気にその場が和やかになった事は言うまでもない。
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