第4話 冬(5)

「明けましておめでとう! そして二人ともおめでとう!」夢は俺と歩実が付き合ったのを祝うように言った。


「夢。ありがとう」歩実はか細い声で夢と抱擁している。


今日は五人で近くの神社に初詣に来ていた。おみくじを引き、お賽銭を入れお参りをして五人で記念写真なんかも撮った。


元喜以外の四人は大吉で幸先良いスタートが出来た。一方元喜は末吉と今年最初からしこりの残るスタートなった。


「別に気にしてないし」と少し不貞腐れている所に航が「帆夏に振られたりしてな」と横から茶々を入れたりし元喜を煽る。


タイミングよく元喜の携帯が鳴り「誰から?」と夢が訊くと「帆夏から」と少し震えた声で答えた。


しばらく携帯の画面を眺め固まっている元喜に航が「早く出ろよ!」と言った。


恐る恐る携帯を耳に当て「もしもし」と答える元喜。


するとさっきまでの暗い表情はどこに行ったのか、いきなり満面の笑みに変わり景気よく話している。


電話を切り終え「何だって?」と訊く俺に元喜は「明けましておめでとう。今年もよろしくねだって! ビックリして損したよ」と本当にホッとした顔で言った。


「どんだけ単純なんだよ」航が言う。


「だって元喜だもん。天然、単純が持ち味でしょ」夢が付け加える。


「元喜、本当に嬉しそうだよね」歩実が微笑む。


「電話の向こうに違う男がいたりして」俺は元喜に囁く。


「帆夏はそんな事しないよ!」元喜は力強く否定した。


はははと四人の笑い声が響き、元喜だけが「なにが面白いのさ」と笑う俺達に言うがそれがまた面白くてならなかった。


神社で用事を済まし、夜は皆で茂田さんの店にご飯を食べに行こう、と決まったので早速電話してみるが生憎今日は店休日らしい。


だが茂田さんが特別に店を開けてくれる事になった。


「忙しいけどお前達の頼みだからな、仕方なく開けてやる。仕方なくだぞ?」と何度も電話で聞かされた。


どうやら茂田さんは一人で暇だから相手してくれとお願いしているようだ。


直接そうは言ってないが寂しいに決まっている。


「なんだって?」そう訊く航に俺は「寂しいから相手してくれってさ」と話した。


俺達は一度解散し夜にもう一度落ち合う事にした。


俺と歩実は二人で街の方で約束の時間まで暇を潰す事にした。


「久しぶりにカラオケ行きたい!」渋る俺を引っ張り、歩実の提案で俺は歩実と初めてカラオケに来た。


マイクを握り高いキーも見事に歌う歩実は、バラードやアップテンポな曲まで見事に歌いこなしていた。


「大ちゃん、曲入れなよ! 時間もったいないよ?」


「歩実じゃんじゃん入れていいよ。俺聞くのが好きだからさ」


「えー、それじゃつまんないよ。じゃあ一緒に歌おう!」


そう言って俺達は何がいいか、と二人で選曲し二人が知ってる曲を入れた。


すぐに部屋の中に音楽鳴り一小節目の歌詞がモニターに映る。


一番初めは女性パートで歩実は裏声も綺麗に使い見事な歌声だった。


次に男性パートが始まり俺はマイクを口に近付けた。


記憶を辿り音程を思い出しながら歌うが、一発目からそれは見事に外した。


それと同時に歩実は爆笑しだす。


そう、俺は歌が超の付くほど苦手で、小さい頃から音痴と言われ育った。


全てのキーを見事に外し歌はサビに突入した。


腹を抱え笑う歩実は上手く歌えず、ヒクヒク言いながら堪えるのに必死なようだ。


俺はと言うと、歩実にバレたからにはもうやけくそで渾身の歌声を披露した。


「どうだ。聞いたか俺の歌声」俺は勝ち誇った顔で言うと「参りました。今年初の爆笑ありがとう」とお礼を言った。


それから俺達は約三時間歌い続け、俺が歌っている間歩実はずっと笑いっぱなしだった。


「はぁ、久しぶりに歌ったー!」歩実は店から出ると両手を挙げ、体を伸ばした。


「久しぶりに人に歌声披露した!」俺は歩実に続き両手を挙げた。


「大ちゃんの歌はある意味才能に溢れてるよ。あそこまで綺麗に外せる人はそういないからね」歩実は喋りながら俺の歌を思い出したのか、ふふふと再び笑い出した。


「さっきから笑ってるけど、こっちは真剣だからな」


「分かってる、分かってる」笑いを我慢して声を絞り出す歩実。


「そろそろいい時間だし、皆に連絡してみるか」


俺は携帯を取り出し、航に電話し集合は茂田さんの店でする事決め、俺と歩実は二人で店まで向かう事にした。


先に着いたのは俺と歩実で店には茂田さんしかいなかった。


新年の挨拶をし、俺は茂田さんに今歩実と付き合ってる事を伝えた。


最初は冗談で「お前みたいなガキが彼女持つなんて百年早い!」と言っていたが最後には「良かったな」と喜んでくれた。


今日はお祝いだ、と意気込み、張り切って調理してくれてる姿に俺は感謝しかなかった。


しばらくすると航達と合流し、店の中は六人とは思えない程騒がしかった。


何にそんなに盛り上がったかと言うと、文化祭の日に航宛に渡された羽根を俺が勘違いし喜んでいた話を航が茂田さんへすると、茂田さんは笑い転げ「お前はバカだなぁ」と涙目になりながら言った。


更には歩実がカラオケでの出来事を皆に話し、店内は爆笑の渦に包まれた。


抵抗するように俺は元喜がコスプレした事を話すと「そんなの思い出作りなんだから普通だろ」と茂田さんは冷めた感じで返してきた。


結局話は俺の話題になり、皆の前で歌わされ散々な目に合った。


五人で片付けを済まし帰ろうとすると、茂田さんが皆の家まで送ってやると言った。


それはいいのだが茂田さんはもう完全に酔っ払い運転出来る状態ではなかった。


「飲んでるのに運転出来ないでしょ」俺はすかさず茂田さんに言った。


「今、迎えの車呼んであるんだよ」


なんだ、そういう事か。


皆が納得し、迎えの車を待っていると、一台のワゴン車が俺達の前に車を停めた。


車から降りてきたのはすらっと背の高い綺麗な女性だった。


「え? 誰ですか?」俺は咄嗟に訊いた。


「未来の嫁さんだ」茂田さんは誇らしげに言った。


茂田さんは彼女いないはずなのにどうして。俺の疑問は絶えなかった。


戸惑う俺を無視するかのようにその女性はこちらに向かって歩いて来る。


「こんばんは」黒く綺麗な長い髪を揺らしながら、その女性は俺達に挨拶をした。


俺達は呆然としながら五人で声を揃えるように挨拶をすると、茂田さんは「さぁ乗れ、乗れ」と手で車に乗るように合図した。


茂田さんは助手席に座り、一番後ろに歩実、夢、元喜が乗り込んだ。続けて俺と航が真ん中の席に乗り、車は海沿いの道を走り出した。


道中、茂田さんは例の女性に絶えず話し掛けていた。


運転中にも関わらずその女性は茂田さんの話にしっかり耳を傾けていた。


俺は運転している人にそこまで必死になって話し掛けなくてもいいだろうに、と思ったがそれだけ茂田さんが本気なのだろうと感じた。


同時にずっと女っ気がなかった茂田さんにはこの幸せを掴んで欲しいと心から思った。


「すげぇ必死だな」航が小さく呟いた。


「未来の嫁になる人なんだ。そりゃ必死になるだろ」俺は答えた。


「ふーん」と興味無さげに窓の外を見る航に俺は「そう言えばさ、お前の好きな人分かった」と不意に言った。


「なんだよ、いきなり。ていうかまだそんな事気にしてたのかよ」


「そりゃお前が焦らすからだろ。誰だか当てようか?」


「誰だよ」航は睨むように俺を見た。俺もまた航から目を離さなかった。


「夢だろ?」俺は小さな声でそう呟いた。


「まぁそうだな。誰にも言うなよ」航はドスの聞いた声でそう告げた。


「どうしようかなぁ? お前は俺のばらしたしなぁ?」俺は航の弱みを握れた事で優位に立った。のは一瞬だった。


「言ったらこの動画バラまくぞ」


航の携帯から流れるその動画は、さっき茂田さんの店で歌わされた俺の歌声だった。


あらためて自分で聞くとそれは酷い物だった。


「お前、悪魔か何かだろ」俺は航の携帯を取り上げようとしたが、ひょいとかわされ、航はケタケタ笑いながら俺の動画見ている。


結局俺は航に弱みを握られ、俺と航の主従関係がひっくり返る事は無かった。


俺達の一年の冬はこうしてあっという間に過ぎた。

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