第5話 新風(2)

「パンッ」ピストルの音がグランドに響き渡る。


もうすぐ春季の体育祭の時期がやってくるのだ。


騎馬戦、ムカデ競争、障害物競争など多数の種目の中で各競技に選抜された人が出場する。


俺は個人競技の百メートル走、団体競技の騎馬戦、クラス競技のムカデ競争に選抜された。


本番に向けて種目ごとの練習が始まり出して早三日が経った。


練習は学年別、クラス別に行うのだが、本番では各学年、各クラス対抗戦になって戦う。


百メートル走なら選抜された一年、二年、三年のメンバーが一緒に走る事となる。


俺と歩実、元喜は紅軍に配属され、夢と航とは違う軍となった。


午前体育祭の練習が終わり、俺は元喜と教室へと帰る途中に須藤が前から歩いて来るのが見えた。


「あれ、この前の奴じゃない?」元喜が須藤に向けて指を指した。


「あぁ、そうだな」とだけ返し、俺は須藤と目も合わせず無言で歩く。


「あの」すれ違い様に須藤が話し掛けてきた。俺は何も言わずに振り返り、須藤の言葉を待つと須藤は続けた。


「競技きまりましたか?」


俺は気が抜けた。いつもの須藤なら生意気な口を利いて、俺に軽口を叩き喧嘩でも売ってくるのだが、この時は割とまともな質問をしてきた。


「決まったけど」俺は素っ気無く返す。


「何になりましたか? 俺は個人の百と団体は騎馬戦になったんですけど」


「俺も同じだわ」


「良かったです」須藤は嬉しそうにそう言った。


何が良かったのか、須藤になんのメリットがあるのかなんて興味はなかったが、とりあえず「何が?」と訊ねた。


「競技は一緒なら後は組分けで次第で勝負出来るでしょ? 俺と勝負しましょうよ」須藤は自信満々に言うと胸に前で腕を組んだ。


「お前と勝負する理由なんてねぇよ」俺は適当にあしらい歩を進めた。


「俺が勝ったら歩実先輩と別れて下さい。俺が負けたらもう先輩達には関わりません」


「勝手に言ってろよ。何で俺がそんな約束しなきゃいけないんだよ」


「逃げるんですか? 負けるのが怖いから。勝負する前から腰が引けちゃってますよ」


俺は須藤と絡む内に免疫が付いたつもりだったが、やはりこいつの言葉にはイラつかせられる。


それも須藤の作戦だったのかも知れないが、俺はまんまと須藤の口車に乗りその勝負を受ける事にした。


昼休み。


航達にその事情を話すと「お前ら馬鹿はなんでそんな事で盛り上がれるんだろうな」と航が感心なのか、馬鹿にしているのか、俺と須藤の勝負に呆れていた。


「にしも歩実モテモテだねぇ。二人の男から取り合われるなんてそうそうないよ?」夢は歩実の腕を肘で突きながら言った。


歩実も「そんな事ないよ」と少し照れてはいるが、内心俺と須藤の勝負に付いてどう思っているかは言わなかった。


その日の帰りも懲りずに須藤は俺達五人に絡んできた。


俺以外には礼儀正しく接し、最後に俺に嫌味を吐いて帰り、その度陽子が俺に謝ってくるのがここ最近定着してきた。


「あの子も懲りないねぇ」夢は毎回須藤の行動に感心していた。


いつものようにたじまで集まり、夕方になると解散する。俺と歩実は家の方面が同じ為、今日も二人で帰っていた。


「大ちゃん何で勝負受けたの?」歩実が突然今日の須藤との出来事に付いて訊いてきた。


「最初は取り合わなかったんだけど、煽られてる内に流れでさ」


「負けたら本当に別れるの?」


「負けないよ」何の根拠もないが俺は胸を張って言った。


「頑張ってよ。もし負けたら須藤君と付き合っちゃうよ?」歩実は俺の手を握り微笑んだ。


夕日に染まるその横顔に胸が高鳴り、歩実の事を凝視出来なかった。俺は歩実の手を強く握り返し、絶対に負けない、と心の中で何度も叫んだ。


翌日、騎馬戦のメンバーにどうしても騎馬の上に乗りたいとお願いしたが、今更なんだよという目で俺は見られた。


元々騎馬の俺が今更上に乗りたいと言うのは少々気に喰わない様子だったが、粘り強くお願いした結果どうにか上に乗る事が許された。


「ありがとう」俺は何度も頭を下げ感謝した。


「その変わり絶対勝てよ」元々騎馬の上に乗る予定だった鈴木が言う。


特に話した事はないが、いつも机の下で漫画を読んでいて常にやる気がない奴だが、女子が見ている場になると俄然やる気になる分かり易い奴だ。


「下は俺に任せろ!」自分の胸を叩き鼓舞しているのは佐々木だ。


中学校の頃、近所の相撲大会で優勝の経験を持つ体格いい奴だ。佐々木に体当たりされて耐えられる奴は学校にはそういないだろう。


「負けないよな! 負けられない理由があるし」元喜がいつもの無邪気な笑顔で俺の胸に拳を押し付けた。鈴木も佐々木も元喜に続き俺の胸に拳を押し付けた。


こうして俺達四人の結束が生まれた。


それから体育祭まではとにかくがむしゃらに練習した。特に個人の百メートルには熱が入った。


数日前、体育祭のリハーサルの時に各種目の組合せが発表され、俺は個人百メートルで何の運命の導きなのか、須藤と同じ組になった。


リハーサルの時はお互い牽制し合い、軽く流し程度だった。


団体の騎馬戦は各学年代表の二組が選抜され、勝ち抜き方式で進行された。


須藤は一年の代表として騎馬の上で余裕の顔を浮かべ、こちらに睨みを利かせていた。


俺が須藤と当たる為には、須藤が勝ち上がらなくてはならなかった。


俺はリハーサル終了後須藤に近付き「お前、勝ち上がってこれんかよ」と挑発した。


正直俺は自信なんて無かった。リハーサルの時の須藤の騎馬戦は、それは見事なものだった。


華麗な手さばきから相手の鉢巻きを取る姿は、褒めたくないがでかい事を言うだけの実力はある。


「誰に言ってるんですか。余裕ですよ」少し顔を強張らせながら須藤は言った。


「まぁ、せいぜい頑張れよ」俺は委縮しているのがばれないように、虚勢を張った。


「先輩こそがっかりさせないで下さいよ」


それから本番まで俺と須藤が言葉を交わすことは無かった。

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