第3話 秋(3)

文化祭二日目。


俺は教室の窓から外を歩く人の群れを眺めていた。


さすがは文化祭パワーだ。今日は昨日に比べてやけにカップルで行動している奴が多い。


どこにいるかはわからないが、元喜も帆夏と二人でこの二日目を満喫しているに違いない。


二人は昨夜めでたく結ばれ、今日の二日目を迎える事が出来ていた。


詳しい話は聞いてないが、二人が幸せならそれでいい。


俺は元喜の幸せを喜ぶのと同時に、この人混みを見ながら歩実と先輩を無意識のうちに探していた。


俺は先輩と歩実があの後どうなったか知らなかった。


それに歩実にも敢えて昨夜の出来事は訊かなかった。


夢なら昨夜の事を知っているのだろうけど、歩実の口から直接聞くまで、俺は何も訊かないでいようと決めていた。


俺達のクラスのメイドカフェも時間が経つに連れ、忙しくなり始めた。


店は午前と午後で当番がくじ引きで決められ、俺と夢は午前の担当。


そして歩実、航、元喜は午後の担当となっていた。


「おかえりなさいませ。ご主人様」と不慣れな接客で対応するのは男性スタッフ。


そう、教室の外の看板にはメイドカフェと書いているが、女性が接客するとは一言も書いてなかった。


当然、来客する男性客は不満の声を漏らしていた。


半分詐欺混じりの宣伝だが、さすがにそれでは人手が足りないので数名女性スタッフを用意し、女性客には女性のスタッフが対応した。


そして俺の仕事はというと、裏で頼まれた注文の支度をするという簡単な仕事だった。


今から数時間前。


「ジャンケンに負けたらメイドの格好をして接客する」と一人のクラスメイトが言い出した。


クラスの皆もその提案に乗り、教室には変な緊張感が漂った。


そして見事勝利を収めた俺は、この時ほど自分のジャンケンの強さに感謝した日は無かった。


「大地! 何サボってんの! 手伝って!」


夢は慌ただしくお皿の準備や片付けまで一人で手際よく行っていた。


「あれ? 忙しいの?」


「何言ってんの? 見たらわかるでしょ! これお願い!」


次から次に夢は俺を使い、素早く仕事をこなしていく。この時俺は、言われるがまま動く自分を見てふと、父さんっていつもこんな気持ちなんだろうな、と思ったりもした。


ひと段落付き、時計を見るともうすぐ午前の担当も終わる時間になっていた。


忙しいとなぜこうも時間は早く経つのだろう。


何て考えている所に夢が「大地、午後から誰かと回るの?」と訊いてきたが、特にそんな約束も無かったので首を横に振った。


そもそも航と元喜以外に親しい友達もいない。


「じゃあお腹減ったから後で一緒に回ろうよ!」夢は陽気な笑顔で言った。


「そこまでお願いするなら仕方ない」俺はそんな夢の言葉で調子に乗って返事をする。


「そこまではお願いしてないよ」


なんて些細なやり取りをしていると午後の担当達が帰って来た。


これで今日の俺の仕事は終わり、後は文化祭を楽しむだけとなった。


午後の担当と代わり、夢は早速「行こう!」と俺の手を引き、外に並んでいる模擬店を目指して颯爽と走る。外の模擬店はフランクフルトやホットドック、おでん何かもありかなり賑わっていた。


「わぁ、すごぉい!」とはしゃぎながら夢は手あたり次第買って回り、俺はその後を付いて行く。


「こんなに食べれるの? 結構あるよ」


「二人で食べるんだからなんてことないでしょ!」


そんな量じゃないだろ!俺は心の中で叫ぶが当然夢の暴走は止まらなかった。


ようやく買い物に満足した夢は空いているベンチに腰掛け「女同士でこんなに食べたら引かれちゃうからねぇ」とウキウキした表情で順調に食べ進めていた。


本当に美味しそうに食べる夢を見て俺はなぜかほっこりした気持ちになっていた。


あんなに大量にあった食べ物も気付けば二人で完食していた。


夢は満足そうに「食べた、食べた」と言って突然「あのさ、聞いてよ」と語り始めた。


夢の話はどうやら昨日の後夜祭の話で、俺達とは別の所にいた夢や歩実は、違うクラスの男や先輩達からいくつか羽根を渡されていたようだ。


まぁこの二人ならそれぐらいの事があっても驚かないが、その数にはさすがに驚いた。


夢は「数えてないけど二十は貰ったね」と胸を張っている。


歩実もかなりの人から言われていたらしい。皆文化祭マジックとやらに期待を込めて、無惨に散っていったのだろうか……。俺は静かに手を合わせた。


「何やってるの?」夢は不思議そうに訊ねた。


「名誉ある戦いに、勇気ある彼らに黙とう」


「意味わかんない」


最近は夢といる事が増えたからか、一緒にいるとすごく居心地が良く自分でも不思議なくらい素直になれた。


「それで? 結局誰かと付き合う事にしたの?」


「大地ってあれだよね……。まぁいいけど」


夢は微笑みベンチから立ち上がると「さっ! 他の場所も見に行こう!」とさっきよりも張り切っていた。


俺は夢のペースに飲まれ言葉の意味を訊きそびれたが、まぁ特に深い意味もないだろうと思いそのままにしておいた。


俺達は校舎の中の模擬店を見て回ったり、体育館で行われている漫才を見に行ったりと有意義な時間を過ごした。


途中何度か先輩や違うクラスの連中に睨まれたり、すれ違い様に舌打ちをされたりしたが、俺は彼らを悪くは思わなかった。


彼らは恐らく昨夜の夢に打ち砕かれた戦士達なのだろうと気付いたからだ。


戦ってない俺が戦っている彼らを非難出来る訳が無かった。


そんな俺を見ながら夢は「大地嫌われてるね」と横で笑っている。


この原因が自分にあるとは微塵も思っていないのだろう。


一通り学校を見て回った所で俺達は教室に帰る事にした。


目の前の階段を登り、左に曲がった先が俺達の教室なのだが、ピークの時間が過ぎたというのに教室の前には行列が出来ていた。


「嘘だろ」驚きを隠せず言葉に出てしまう。


教室の中からは悲鳴なのか歓声なのかわからない女性の声が絶えず響いていた。


行列を掻き分け教室に入るとメイド服を着た元喜と歩実の姿があった。


元喜のメイド服は周りの女性客にもなぜか人気で、一緒に写真なんか撮ったりし、歩実は相変わらず周りの男から人気を集めていた。


他にも何人かメイドの服を着ているが一人だけ違う格好した男が目に入った。


その男が教室を沸かせ奮起させていたようだ。執事の格好でクールに接客をするその姿がまた、よりリアルさを表現していた。


「斉藤君! 一緒に写真撮って!」周りの女性から引っ切り無しに頼まれていた。


「航! それ最高だよ!」航とは思わず俺は大声で笑ってしまった。


「ちょっと動かないで」夢は携帯カメラを構え連射で写真を撮っているが、笑っているせいか上手く撮れて無かった。


航の顔はさらに不機嫌になったが、周りの女性はそんなの関係なしに写真を撮り続けた。


時刻は五時を回り俺達のクラスの営業は無事終了した。


最後に五人で記念撮影をし、高校初めての文化祭は幕を閉じた。


と思いきや、航がさっき俺に笑われた復讐からなのか、昨夜航宛に渡された羽根を俺が勘違いして喜んでいた。


という昨夜の出来事を航は笑顔で四人に話し、話の最後には爆笑の声が教室中に響き渡った。

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