第3話 秋(4)
「男って奴はどいつもこいつも!」
荒れ狂う女性の横で俺は小さくなり、目の前の枝豆を食べていた。
今日は俺の誕生日が近い事もあって、茂田さんが店でご飯をご馳走してくれると言ってくれたのでお邪魔していた。
最初は一人でカウンターに座り、茂田さんと雑談して楽しんでいたが、お腹もいっぱいになり帰ろうと思った時店の扉が勢いよく開いた。
そこには若い女性が立っていて、千鳥足でフラフラと店の中に入って俺の横に座った。
俺は少し恐怖を感じその女性の顔をよく見るとどこかで見た事があった顔だ。
「いらっしゃい! 麗香ちゃんビールでいい?」
馴れた様子で彼女の名前を茂田さんが呼んだ時、俺は彼女の存在を思い出した。
麗香さんだ。海の家で出会い、水田先輩の彼女だったあの麗香さんが今俺の横にいた。
「麗香さんお久しぶりです。覚えてますか?」
俺は恐る恐る挨拶をすると麗香さんはボサボサの髪をかき上げ「大地君があの子と付き合うの遅いから、逃げちゃったじゃない!」と俺に怒った。
何の事か全く記憶にない俺は「どういう事ですか?」と質問したら「全部大地君のせいだからね!」と会話にならない。
麗香さんの前にビールが運ばれてきた。それをほぼ一気で飲み干して、誰に向かって喋っているのか分からいが、とにかくありとあらゆる愚痴をひたすらに言い放っていた。
話の節々で俺の悪口が出ているのが気になるが……。こうして俺は帰るタイミングを無くし、ダラダラと麗香さんの愚痴を聞かされていた。
麗香さんは茂田さんの店を知ってからというもの、よく顔を出してくれるようになったらしく、今ではこうして茂田さんに愚痴を聞いてもらいに来ていた。
麗香さんの話によると、俺達の文化祭前ぐらいに話があると水田先輩から呼び出され、何かと思ったらいきなり別れ話を切り出され振られたらしい。
麗香さんは納得行かず理由を問い詰めた所、好きな女が出来たとのこと。
そこからは俺の知っている通り、先輩は後夜祭で歩実に告白しようと考えたのだろう。
麗香さんの言い分はこうだ。
俺が夏祭りのあの日歩実と付き合ってさえいれば、水田先輩は歩実の事を好きにならなかったと言う。
俺と歩実とすれ違った後、歩実との昔話を楽しそうに話す水田先輩を麗香さんはよく思っていなかった。
「大地君が情けないからだよ」とグラスに残ったビールを飲み干し「茂さん、芋ロックで!」と豪快に注文した。
「ちょっと待って下さいよ! 俺その日告白して振られましたからね? 情けなくはないでしょ!」
反論する俺に麗香さんは「振られて何で偉そうなのよ!」と枝豆の殻を投げつけてきた。
こんな理不尽な話はないだろ。
そう思い茂田さんに助けを求めたが既に茂田さんも出来上がっているので「そうだ! 麗香ちゃんが正しい!」と賛同している。
それから茂田さんと麗香さんは男と女について深い話を延々としていた。
話についていけない俺は暇潰しに携帯を開くと、時刻はもう九時を回っていた。
茂田さんの店から帰るには、十時前の終バスに乗らなければならなかった。
「もうすぐ終バスなんで帰ります。今日はありがとうございました!」
ダメもとで俺は二人の話に割って入り挨拶をしたが、二人は驚くほどあっさり「お疲れ!」と言って帰してくれた。
もっと早く言えばよかった、と後悔しながらバス停に向かう途中ポケット中で携帯が鳴った。
すぐにポケットから携帯を取り出し画面を確認すると、そこには歩実から一通のメッセージが届いていた。
メッセージにはこう書かれていた。
「こんばんは。突然なんだけど明日暇かな? 良かったら少し話さない?」
俺はその内容に驚き、何度も何度も確認したが、歩実からのメッセージで間違いないようだ。
何でいきなり?とも思ったがそんな事はどうでもよかった。
打ち間違えがないように、俺はいつもより丁寧に返事を返した。
「大丈夫です。何時にしますか? 場所はどうしますか?」
少し丁寧過ぎたかな……。
メッセージを送った後に不安が込み上げてきた。
そもそも俺は携帯操作にあまり慣れていないせいで華やかな文章を作ったりするのが苦手だ。
基本は点と丸、クエスチョンマークにビックリマークしか使わない。というか使えない。
そのせいでかなり質素な文章に見える。
返信を待っている間に終バスがやって来た。
俺はそのバスに乗り込み、海岸線を真っ直ぐと帰っている途中にポケットの中で携帯が震えたのを感じ、俺は歩実と思いすぐにメッセージを開いた。
その予想は見事に外れ、メッセージの送り主は母さんだった。
「帰りは何時?」という内容に俺は「もうすぐ」と何の装飾もせずに返した。
しばらくすると再び携帯が震えた。今度は本当に歩実からのメッセージで、画面にはこう書かれていた。
「何でいきなり敬語なの?笑 明日夕方からでどうかなぁ? 私は近くの公園で全然大丈夫だよ! また明日電話するね!」
やっぱり丁寧過ぎたか。
俺は前回の反省を生かし、返信はいつもの喋り口調で送った。
明日の夕方から歩実と会う約束した俺は、バスの窓ガラスに映る自分がニヤついてしまっていた事は言うまでもない。
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