第3話 秋(2)

文化祭当日、今日は朝から学校中が賑わっていた。


一年の中でも大イベントなだけあって、皆興奮が抑えられないようだった。


噂通り今朝、全校生徒にそれぞれ色の付いた羽が配られた。


既に羽を異性に渡す人もいれば、その羽を下さいなんて頼んでいる人までいた。


初日はステージ発表がメインで、皆狭い体育館の中に缶詰状態になりながらも、会場を沸かせていた。俺達五人もその人だかりの一部となっていた。


一組目のバンドは完成度が低いが、勢いで会場を盛り上げその場を乗り切り、二組目はギターの二人組が綺麗な歌声で盛り上げた。


続いて三組目になると「キャー」と黄色い声援がステージに向かって浴びせられた。


登場したのは四人組バンドで、その内の一人は俺の知っている先輩だった。


ステージの四人は準備をしている間も女性の声援を受け続けていた。準備が整うとドラムの合図でギター、ベースが一斉に演奏を始める。


センターにいるボーカルは美声を響かせ、会場は今日一番の盛り上がりを見せた。


演奏中も絶えず飛び続ける声援に応えながら、さらに熱気を帯びていく。


演奏が終わると四人に向けたアンコールの声が延々と続き、ボーカルの先輩が喋り始めた。


「今日は応援ありがとう。アンコールには時間の関係で応えれないですが、皆のお陰で楽しい演奏が出来ました。ありがとうございました」


会場からは「えー」と言う声が響いている。


先輩はギターを担いだ友人であろう人から何か言われている。


必死に手を横に振り無理というジェスチャーをするが会場から「なにー?」と言われ渋々マイクを口に当てた。


「えー、私事ですが……今日の後夜祭で告白します! 皆さん応援宜しくお願い致します!」


そう言うとマイクをステージに置き、走り去って行った。


会場は一瞬静まり返った後、爆発するかのように一気に沸いた。


会場は動揺と興奮ですごい事になり、運営側が必死にその場を落ち着かせようとしたが、一向に収まる気配がなかった。


俺はすぐに歩実の顔を見たが、なぜかキョトンとした顔で誰もいないステージを眺めていた。


続いて夢の方に向いて「あれたぶん歩実の事だよな?」と耳元で言うと「わかんないけど、たぶんそうだと思うよ。本人は気付いて無いみたいだけど」と歩実を指差した。



昨日夢から聞いた噂話は本当だったようだ。


ステージで告白宣言をしたのは、最近彼女と別れたと噂されていた水田先輩だった。


学校中のアイドルが誰かに告白するとなれば、この騒ぎようも納得がいく。


ようやく四組目のバンドが出てきたが、なんだかやり辛そうな面持ちで演奏が始まった。


案の定ミスの連発で、仕舞いには途中で演奏が止まってしまうというハプニングまで起こってしまった。


三組目のあの騒ぎの後では緊張してもおかしくない状況だったが、この結果は同情してしまう程無惨なものとなった。


肩を落としながらステージ袖に消えて行く彼らに、暖かな拍手が送られたのがせめてもの救いだっただろうか。


バンドの演奏が終えると、ダンスのパフォーマンスやファッションショーが行われた。


綺麗なドレスを纏った先輩が、ステージに彼氏を呼び付けお姫様抱っこをするなど、それぞれのオリジナルの演出で会場を盛り上げた。


初日のステージ発表も全て終わり、皆が校庭へと移動する。


校庭の真ん中には、大きな塔のような物に電球を何周も巻き付けられていた。


カウントダウンが終わると、同時に巻き付けられた電球が一気に光を放つ。


薄暗い校庭に光り輝くその塔を見て、皆が一斉に拍手を送った。


「元喜。行って来いよ」


航が元喜に向かって右手を伸ばし、親指を立てた。


俺も同じポーズをすると元喜もそれに応えるように親指を立てた。


走り去って行く元喜の背中を見ながら「大丈夫かなぁ?」と俺が呟く。


「人の心配より自分の心配しろよ」


航は遠くの方を指差して言った。


指の先に目を向けると、誰かを囲むように丸くなって固まっていた。


その集団を掻き分け出てきたのは水田先輩だった。先輩は必死に誰かを探し走り、近くの人に尋ねてはまた走っていた。


その先輩の姿を眺め航が「たぶんこっちに来るな」と小さく呟いた時、先輩が俺達の姿を見つけ駆け寄って来た。


「なぁ、歩実見なかった? どこにもいないんだ。お前達知らない?」


先輩は肩で息をしながら歩実の居場所を尋ねた。そんな先輩に航が思わぬことを口にした。


「知ってますよ。教えましょうか?」


「本当か? ありがとう。でどこにいるんだ?」


「先輩、教える前に交換条件としてその羽根置いていってくれますか? 羽をくれるのなら教えてあげますよ」


「は? 何言ってんの。羽根が無くちゃ意味ないだろ」


「じゃあ自分の力で探して下さい」


航は不敵な笑みを浮かべ、先輩は舌打ちを一つして走り去って行った。


航は何を思ってあんな行動に出たのか疑問に思った。


「何で交換条件なんて言ったんだよ」


俺の質問に航が大きく溜め息を吐いた。


「お前何で自分の好きな人取られかけてるのに、あっちにいますよって手助けしなくちゃいけないんだよ。羽さえ無ければ今日のイベントでの告白は避けれるだろ」


「俺の為に……」


「ちげーよ! 元々あの先輩好きじゃないんだよ」


航は俺の言葉に覆い被せるように否定した。


先輩は人混みに消えて行き、今頃必死になって歩実を探している事だろう。


少し前の俺ならあんな風に必死になって追いかけたのかもしれない。


先輩が歩実と付き合ってしまえばこの気持ちにも終止符が打たれ、俺にとって好都合なのではないだろうか。


今は先輩と張り合うのでは無く二人の行く末を見届け、不戦敗として負けた方が惨めな姿を晒さないで済む。


そんな言い訳を並べ、動き出せない自分を正当化していた。


向こうの方では告白に成功し歓喜し踊る者や、逆に上手くいかず落胆の表情を浮かべる者もいた。


初日の後夜祭で告白に成功した者の殆どが、二日目の文化祭を共にする事が伝統らしい。


校庭の隅から全体を眺めていると、どれだけ多くの生徒がこのイベントに力を入れているか分かる。


気付けば航は消えていた。仕方ないので俺は隅にある花壇に腰を下ろし、元喜が帰ってくるまでの間その光景を眺めていた。


するとこちらに向かって歩いて来る二人組の女性が「あの……」と声を掛けてきた。


彼女らは俺の返事を待たずに「これ……」と赤い羽根を差し出した。


「え? 俺に?」そう訊くと「違うよ! 斎藤君に渡して。嫌なら捨てていいからって伝えてもらえる?」と強い口調で否定された挙げ句、二人の仲介役まで頼まれる始末だ。


大体あなたの名前知らないし、伝えようがないんですけど……と思いながらも「わかりました」と渋々赤い羽根を受け取る。


航は彼女らが去るのを見計らったように帰ってくると「ほら、山田さんから」と俺は渡された赤い羽根を渡した。


「誰だよ。山田って」航は笑いながら受け取ると俺の横に腰を下ろした。


「いやぁ参った」航は受け取った赤い羽根を地面に置いた。


俺は敢えて何が参ったのか訊かなかったが、すぐにその理由が分かった。


航の手にはいくつか赤い羽根があり、それを一つ一つ地面に並べた。


その羽根は先程俺が渡したのを含め七つ地面に並べられた。


要するに七人の女性から告白されたと解釈してもいい。


「嫌味な奴だな」俺はそう告げると航は「お前も俺の立場になったら分かるよ」と理解し難い言葉を吐いた。


更に航は羽根を一つ一つ指差し「これが佐藤さん、鈴木さん、高橋さん、田中さん」と順番に言っていくが、航はたぶん誰一人として名前を憶えていないのだろう。


その事実を訊くまでもなかった。

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