第3話 秋
外の木々が紅く色付き始め、教室から見える風景もガラッと変わった。
帰り道には、黄色く揺れる稲穂や金木犀の匂いが秋の季節を感じさせた。
「生徒の皆さんはそろそろ下校して下さい」と校内放送が流れる。
今学校では、来週開かれる文化祭の準備に追われていた。
文化祭は二日間開催され、一日目はバンドやダンス、ファッションショー、お笑いまで色んなステージ発表が行われ、二日目には一般のお客さんも招き、外には模擬店などが立ち並ぶようだ。
俺達のクラスはメイドカフェをやる事に決まり、その準備が連日放課後に行われていた。
教室のレイアウトから衣装まで、全部自分達で準備しないといけなかった為、かなりの時間と労力が掛かっていた。
それでもクラス全員が放課後に残り、担当別に準備に取り掛かりなんとか来週の文化祭までには間に合いそうだ。開催が近付くに連れ俺の気持ちも高揚していく中、最近ある噂をよく耳にするようなった。
「なぁ、あの噂って本当にあんの?」
俺は下駄箱で靴を履き替えながら言った。
「後夜祭の話?」
俺の質問に答えたのは夢だ。後ろではいつも一緒にいる三人も靴に履き替えている。
「そう。そんな事やるなんて知らなかったよ」
「昔からの伝統らしいよ。何でも比翼の鳥? て言うのがテーマみたいで、雄雌それぞれが目と翼を一つずつ持って、二羽が常に一体となって飛ぶ。ていう中国の空想上の鳥で、夫婦の仲のよい事に例えるんだって」
夢は意気揚々と伝統の由来を語った。
「やけに詳しいな」俺が言うと「昨日、掲示板で見た」と笑った。
文化祭初日に男子には青い羽根、女子には赤い羽根が配られ、初日の後夜祭の時にその羽を好きな異性へ送るという、告白イベントのようなものだ。
このイベントのせいなのか、学校中が変な緊張感に包まれていた。
俺の隣でも一人、このイベントに気合を入れている奴がいた。
そいつは夏祭り以降、彼女との距離を順調に縮めていて、俺を含めた四人は後夜祭の日に告白するのだろうと気付いていた。
「元喜、告白するんだろ?」
俺は唐突に質問すると「な、ななに? いきなり」と焦りだした。
本人は必死に隠そうと頑張っているようだが、挙動が明らかに可笑しかった。
「帆夏も待ってると思うよ? 男らしく引っ張ってあげなよ?」
夢は元喜の背中を押すようにエールを送った。
「そんな事言って、失敗したらどう責任取るんだよ」
航がまた要らぬ所で口を挟み、夢と揉め出す。
「自分の素直な気持ち言ったら絶対伝わるよ」
歩実が再びフォローする。
「皆が色々言うと余計緊張しちゃうよ!」
元喜はそう言うとダッシュで集団の中から飛び出した。
「純粋だよね」歩実が呟き「だって元喜だもん」俺は即座に返した。
俺達二人は、航の家で花火をした後から徐々にだが昔の関係に戻っていた。
今では昔以上に仲が良くなった気がしなくもない。
今日も文化祭の事で盛り上がったり、些細な事で言い合いしたりしながら帰った。
あの夏に比べれば、どこにでもある普通の高校生活もすごく幸せに感じる。
早く明日になれと念じながら寝るのが、今の俺の日課だ。
次の日、文化祭まで後三日となった。明日は土曜日なので、実質作業が出来るのも今日までだった。
クラスでは急ピッチで仕上げに入っていた。
「月島、橋本、ちょっと手伝ってくれ!」
皆が忙しく働く中、たまたま目の前にいた俺と夢は担任の先生に捕まった。
何の用件かと尋ねると、文化祭ポスターを学校中に貼って来て欲しいと頼まれた。
「おいおい……。とんでもない量だな。あいつらにも手伝ってもらうか」
「私達が頼まれたからしっかりやろうよ!」
俺の提案をすぐに夢が却下した。
俺は仕方なく頷くが、数十枚も重ねられたポスターを二人で学校中に貼るとなると、かなりの時間が掛かってしまう。
溜め息を吐く俺の背中を叩き、夢は「さぁ、行くよ!」と気合を入れた。
数メートル間隔で廊下や玄関、一階から三階まで、至る所にパスタ―を貼って回った。
ようやく二階の全てに貼り終えた頃、夢の携帯に着信があった。
会話の流れからするとどうやら電話の相手は歩実のようだった。
「先に帰ってていいよ」と夢が言っていたので間違いないだろう。
「歩実から?」
「うん。皆もう終わったんだって!」
俺達がポスターを貼っている間にクラスの皆は準備が完成したようだ。
それにしても先に帰るなど、なんて冷たい奴らなんだ……。まだ三階が残っているというのに。
俺は不満を抱えながら、ポスターの画を睨み付けた。
ポスターを全て貼り終えた俺達は、教室に帰ると電気は消えていて誰もいなかった。
電気を点けると教室は見事なメイドカフェになっていた。
ピンクや白を基調とした壁や当日着る衣装などが綺麗に準備されていた。
「ねぇ、ちょっとこれ着てみてよ」
衣装を手に取り、夢に冗談まじりに言った。
「え? いいよ。一回着てみたかったんだ」
夢は意外にも乗り気で仕切りの裏に行き「見ないでよ」と仕切りから顔だけ出し、俺に釘を刺した。
「見ねぇよ!」
俺は声を張って言い返すが「ちょっとだけならいいけどねぇ」と意味深な言葉を言い残し、後ろへと隠れた。
あの仕切りの裏で夢が着替えていると考えると、なぜか急に緊張し始めた。
俺は夢が着替え終わるまでの間、理性と本能が凄まじい攻防を繰り返した。
「どう? 似合う?」
仕切りの裏からピョンと出てきた姿に俺はドキッときた。
「夢ってどんな格好でも似あうなぁ」
「そうかな? でも嬉しい。ありがと!」
俺は一瞬ときめいた事を夢に悟られないように平然を装いながら言った。
理性を保ち、待った甲斐があった。
あそこで本能に従い覗きに行ったものなら、俺は一生変態呼ばわりされるに違いない。
俺がそんな変な事を考えているとは知らず、夢は嬉しそうに俺に笑顔を向けた。
その時、生徒の下校を告げる校内放送が流れた。
外はすっかりと暗くなり、学校にいるのは二人だけじゃないかと思うぐらい校舎の中は静まり返っていた。
「夢、遊んでないで帰るぞ」と俺が自分の鞄と夢の鞄を持って教室を出ようとした。
「着てって言ったのは大地じゃない! 着替えるからちょっと待って」
夢はそう言うと急いで制服に着替え終えると、俺達は学校を後にした。
「楽しみだねぇ、文化祭」
夢は後ろで鞄を両手で持ち、空を見ながら言った。
今日の空には雲は無く、星がいつもより綺麗に見えた。
「あれ、ペガスス座じゃない?」と夢が指を指すが俺にはどれも一緒に見えてならなかった。
高校入学してからいつも五人で帰ったり、遊んだりしたが夢と二人で帰るのは意外にも、今日が初めてだった。
いつもはもっと自分から話し掛けるのだが、二人きりになると緊張しているのか、中々言葉が出てこない。
綺麗な星空と月夜が照らす中、俺はただ上を向いて歩いた。
「大地はさぁ、後夜祭の時、歩実に告白するの?」
夢は俺が歩実の事を好きなのも、恐らく夏祭りの日に俺が告白したのも知っているはずだ。
夢には何を隠しても航が全てばらしてしまうし、何より良き友として夢には、嘘はつけなかった。
「いや、しないよ。この前玉砕したんだ。まだ修復しきれてないよ」
「これは噂だから本当かわかんないんだけどね……水田先輩、彼女と別れたらしいんだ」
水田先輩の彼女と言えば麗香さんのはず。あの二人が別れたとなれば、歩実も先輩に告白するチャンスがあるって事か。
いつかはこうなるような気がしていた。
「そうなんだ。じゃあ歩実は先輩に告白するのかな?」
「それはまだわかんないんだけど……。大地はそれでも歩実が好きなの?」
夢が真剣な眼差しで俺に尋ねた。
「どうだろ。でも簡単に諦めれるような気持ではないよ」
「辛くない? 悲しくない? 逃げたくならない? 別に恥ずかしい事ではないと思う。だって一生懸命頑張って、それでも無理なら誰だってそう思うよ」
夢の声が少し震えて聞こえた。
俺も夢の優しさに目に涙が溜まり今にも零れそうだった。
思い返せば高校入学してから今まで玉砕覚悟で突っ走ってきた。
身を削りながら前進し、俺の気付かない内に心はボロボロになっていたようだ。
それでも歩実と話せなくなるよりは、我慢した方がまだましだった。
そんな俺の状態を見るに見かねた夢が、忠告してくれているに違いない。
何より夢が俺の為に逃げ道を作ってくれた事が素直に嬉しかった。
「辛いよ。悲しいし逃げたい。けど、好きって気持ちが止められないっていうのが本音かな」
「好きの気持ちを無理に抑える必要はないと思うけど、身を削る恋は自分を傷つけるだけだよ? 今の大地見てたらなんか苦しいよ」
暗くてよく見えないが、夢の鼻の啜る音と震えた声からすると夢は泣いていたのかもしれない。
夜の静けさに飲み込まれそうな程、俺達の沈黙は続いた。
夢を家まで送り届けると、夢は「ありがとう、また来週ね」と呟き小さく手を振った。
「あのさ、夢が言ってくれた言葉嬉しかった。身を削ってるつもりはなかったけど、少し焦って周りが見えてなかったかもしれない。ありがとう」
「そんな事ないよ。寂しくなったらいつでも相手してあげるから」
夢はそう言うとさっきとは違い大きく手を振った。俺の中で新しい何かが芽生えた。
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