第2話 夏(7)
会場はすごい熱気で盛り上がっていた。
もうすぐ花火が打ちあがるというアナウンスで更に会場を沸かせていた。
立ち並ぶ屋台からは「いらっしゃいませ」とどこの屋台からも聞こえてくる。
汗だくになりながらも接客をする姿が俺には眩しく見えた。
俺達四人は人混みを掻き分けながら、花火がよく見える会場の真ん中辺りを目指し進んでいた。
この町にこんなに人がいたのか? と不思議に思うくらい今日は人で溢れている。
途中人混みを抜けた所で航が口を開いた。
「たぶんもう真ん中は場所取られてるな。どうする? 少し歩くけど上の方に良い所があるんだ。そこに行って見るか?」
俺はこの地には詳しくないし、人混みに揉まれるのもそろそろ疲れてきたので、航の意見に賛成した。
会場から出て、海沿いの道をまたぐ様に山手へと歩いて行く。
しばらくすると、石の階段があり航は「この上」と石段の頂点を指差した。
そこには人はいなく、かなりの穴場スポットであったが、問題なのはその石段の角度だ。
かなりの急勾配で浴衣の歩実と夢には上りづらいだろう。
「二人とも浴衣だし、ここでも見えそうだから無理に上らなくてもいんじゃない?」
「ここまで来たのに今更こんな所で引き返せないよ!」
俺の心配を他所に夢は力強い声で階段に足を掛けた。
航はそんな夢を見て笑っているように見えた。浴衣の裾を上げ、無理矢理足を上げる夢を航がエスコートしに行った。さすがは紳士。
ここでさり気なく優しさを見せる航の行動に俺は少し感心した。
俺もそんな航を見習い、同じように歩実の手を取り急な石段を上り始めた。
頂上付近まで来ると、周りの木が少し邪魔するがかなり眺めは良かった。
心なしか今日の空はいつもより近く、大きく見え暗闇に包み込まれそうな気がした。
夢と航が腰を下ろした所より三段程上った所で俺と歩実は腰を下ろした。
遠くの方でアナウンスが聞こえるが何を言っているのかまでは聞き取れなかった。
「あのさぁ……」
「ヒュー……ドン!」
俺の声に被せるように花火の音が町全体に響き渡る。
色鮮やかな花火は空一面に広がり、瞬く間に散っていった。
「タイミング良いね」
歩実は一発目の花火が散り終えたのを確認し俺に言った。
次々に打ちあがる花火は大きな音をたて咲き乱れた。
花火の光で照らされた歩実の横顔は美しくどこか寂し気な表情に見えた。
二十分程休みなく上がる花火が一旦落ち着く。
今回は花火が止んだのを確認してから歩実に問い掛けた。
「あのさぁ、先輩の事なんだけど」
「そう言えば大ちゃん彼女さんと知り合いだったんだね! ビックリしちゃった」
俺の言葉を遮る。
歩実が無理に話題を変えようとした事も、空元気なのもすぐに分かった。
歩実がまだ先輩に思いを寄せているんだろうな、と俺は先輩に会った時に気付いてた。
その後の落ち込み用は隠しても隠しきれて無かったし、今も俺の質問から逃げよう必死なのが何よりの証拠だろう。
「バイトでよく来るお客さんなんだよ。彼氏はいるって言ってたけど、水田先輩とは知らなかったよ」
「そうだよねぇ。先輩彼女いるとか言って無かったし」
歩実は少し尖った口調で言った。
場内のアナウンスが終わると、再び夜空いっぱいに花火が咲いた。
さっきの花火と違い今度は、散り際が美しい花火だった。
この時俺はなぜか茂田さんの言葉を思い出した。
以前、バイト中にいきなり「人は散り際こそが一番美しい」と呟いては俺のリアクションを待っていた。
その時俺は意味が分からなったのでとりあえず無視をしたが、今思うと人の散り際とは死や別れ、失恋の事を指すのだろうか? そんな事を考えていると下の方が騒がしい。
航と夢が何やら慌ただしく立ち上がり「ちょっとトイレ! 先に下りてるね!」と夢が急いで階段を下りていく。
二人の姿はすぐに暗闇へと消えこの場には俺と歩実の二人だけとなった。
歩実は「もう、だからトイレに行っときなって言ったのに」と言いながら笑っていた。
航達が下りて十分ぐらい経っただろうか。あれから沈黙が続き、二人の間には花火の音だけが鳴り響いた。
「本当はね……」
先に口を開いたのは歩実だった。
俺は「うん」と頷き、歩実の次の言葉を待った。
「結構先輩の事好きだったんだ。でも、何にもしないまま終わっちゃった。馬鹿だよねぇ。学校で話す度、一人で舞い上がったりしちゃってさ」
歩実の声は震え、目には涙が溜まっている。
歩実は涙を堪えながら、クライマックスへと向かう花火を見つめていた。
「それだけ本気だったんだろ。別に恥ずかしい事じゃない」
「ありがとう。隣に大ちゃんがいてくれて良かったよ」
歩実は涙を拭い俺に笑顔を向けた。どうやら花火もクライマックスのようだ。
次々に花火が上がり、空が花火で埋め尽くされる程に咲いた。
歩実はその光景を「わぁ、綺麗」と見つめている。
「俺歩実の事好きだ」
最後に今日一番の大きさを誇る花火が上がり、花火大会は幕を閉じた。
会場からは歓声と拍手が起こり、それはしばらくの間続いた。
「え?」
歩実は何が起こったか理解が出来てないようで、目を丸くして俺を見ている。
「こんな時に不謹慎かもしれないけど、俺歩実が好きだ。歩実が悲しんでる所とか見たくないし、先輩の事で涙流す所も見たくない」
二人の間に重い空気が立ち込める。
一秒がやけに長く感じる。自分の鼓動が歩実に聞こえそうな程大きく鳴っていた。
「ごめん……。気持ちはすごい嬉しい。そんな風に思ってくれてたなんて思って無かったから。でも今はまだ……ごめん」
「そうだよな。俺の方こそいきなりごめん。航達待ってるだろうから下りようか」
結果は言わずとも分かっていた。こうなる事は予測できていた筈だが、心のどこかで数パーセントの可能性を信じていた。
下りる最中に会話は無く、歩実は申し訳なそうにしている。
それが俺には逆に苦しかった。石段を下りると少し離れた所から「あーゆーみー!」と言いながら夢が走ってくる。
歩実の異変に気付いたのか、夢はそのまま歩実と二人で先に歩き出した。
「玉砕したか……」
航は俺の肩に手を置き先に歩く二人を見ながら優しい声で呟いた。
「あぁ。粉々だ」
「人は散り際こそが一番美しい。by茂田」
「うるせぇよ」
俺は声を震わせながら肩にある航の手を振りほどいた。
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