第2話 夏(5)

あれから数日。


海の家のバイトにも慣れてきた俺は自分で言うのもなんだが、初日とは比べものにならないくらい手際が良くなっていた。


「大地、航、休憩していいぞー」


「はーい」


今日は元喜がバイトを休む日になっていた。


平日は土日に比べるとお店が暇なので、俺達は交代で休みを取るようにした。


穏やかな昼下がり、俺は茂田さんの作った賄いを口いっぱいに頬張っていた。


「高校生頑張ってる?」


声のする方へ振り返ると、女性二人組が店に入ってくる。


「また来たのかよ……」


航が隣にいる俺にしか聞こえない声で呟いた。


その女性達の正体は、麗香さんとその友達だ。


俺達がバイトしだしたその日から、週に何度も遊びに来ては話し相手をさせられていた。


元喜は持ち前のベビーフェイスと天然を武器に大学生を魅了し、俺はカウンター越しに麗香さんの愚痴を聞くのが日課になっていた。


航はというと、大学生の前では愛想笑いを振りまき、それに好意を持った大学生がまた次の友達を呼んできては相手をさせられていた。


その甲斐あってか、不器用だった愛想笑いも板についてきたと同時に、その毒舌ぶりにも磨きがかかっていた。茂田さんも回数を重ねるに連れ、顔と名前を覚えたようで今ではすっかり仲良しになっていた。


良い溜まり場が出来た大学生達は、今日もいつものように暇つぶしに来たのだろう。


「大学生って暇なんだな」


航が麗香さん目がけて渾身の嫌味を言うと「そんな事ばっかり言ってるとモテないぞ?」と航の嫌味も巧みにかわす。


いつもクールで通っている航も、麗香さんの前では子供同然の扱われようだ。


麗香さんも回数を重ねるに連れ、俺達の扱いにも慣れてきた。


「茂さんもお店出すんですか?」


麗香さんは店のコップを勝手に取り、ジュースを注ぎながら聞いた。


茂田さんの呼び名も、いつの間にかあだ名に変わっていた。


「いや、俺は出さないよ」


二人が話しているのは明日行われる花火大会の話で間違いなさそうだ。


ここから数十メートル先には屋台が何十メートルも立ち並び、会場の中央には簡易ステージ設けられていた。


当日にはそのステージでバンド演奏、カラオケ大会、ダンスの披露などのイベントが予定されていて、ここからでも屋台の準備やイベントの設営に精を出す人影が大勢見える。


夜八時になると数千発の花火が空一面に咲き誇るようで、その光景を茂田さんと麗香さんは懐かしそうに話していた。


数十年前、花火大会で茂田さんが数多の女性に告白された話に、誰も耳を傾けていない事は茂田さんには黙っておこう。


「大地君達は誰かと行くの?」


茂田さんの昔話をBGMに麗香さんが尋ねてきた。


「元喜と航と。あとはいつも一緒にいる友達と行く予定です」


「もしかして女の子? その中に好きな子とかいちゃう感じ?」


「いないですよ。そういう麗香さんは誰かと行くんですか?」


「私はねぇ……内緒」


麗香さんは悪戯な笑顔を俺に向け楽しんでいる。


俺の横で航が「一緒に行く相手がいないだけだろ」と小さな声で呟くと、麗香さんは大きな目を細め、航を睨んだ。


最近の航は何かと麗香さんの言う事に噛み付いて絡んでいた。


「残念でした! 私彼氏いますから」


勝ち誇った顔で航を見るが、航は興味無さそうに賄いを口に運んでいた。


「まぁまぁ、麗香もそう睨まないの」麗香さんの友達が二人の会話に割って入り、場を落ち着かせた。


俺はすぐさま話題を変えようと麗香さんに尋ねた。


「麗香さん彼氏いたんですね。いつから付き合ってたんですか?」


「去年の夏だよ。丁度この花火大会の日に告白されたんだ。最初はどうしようか迷ったけど、なんか勢いと雰囲気に負けちゃった感じだね。まぁベタだけど女の子って案外こういうのに弱いじゃん? 大地君も告白しようと思ってる時にしといた方がいいよ? 結局思いを告げれずにさようならって話よくあるからさ。まぁ好きな人と行くならだけどね」


麗香さんの話によると女の子は意外とベタなシチュエーションに弱いらしい。


歩実もそうなのだろうか? そんな話あまりした事がないが、恋愛豊富そうな麗香さんが言うなら間違い無いかもしれない。


女心が全くわからない俺は、麗香さんに告白された時の内容や心境など事細かく詮索し、自分の告白の参考にしようと必死になっていた。


麗香さんはそんな俺の気持ちに気付いてか、俺には何も詮索せずにその日の出来事を覚えている限り丁寧に説明してくれた。


気が付けばバイトの休憩時間はほとんど麗香さんの恋愛授業で終わってしまっていた。


バイト帰り、夕日に照らせながら俺と航はバス停で帰りのバスを待っていた。


俺は明日の大イベントに向けて頭をフル回転させていた。


頭の中では終わりのない会議が延々とされていた。議題は告白するか告白しないかだ。


「花火大会という絶好のシチュエーションの力借りて告白した方がいいだろ」


頭の中で全身真黒な俺が言う。


「失敗したら今後一緒に帰ったり話したり出来ないかもしれないんだぞ」


今度は全身真っ白の俺が言う。


「思いを告げなかった一生片思いのままだぞ」


「今はまだその時じゃない。もう少し様子を見るんだ」


こんなやり取りをもう何時間も繰り返している。俺はバス停の横に座り込み頭を抱えた。


「悩んでる内は止めとけ。やるならちゃんと腹括った時だろ」


俺は航の方に顔を向けた。


こいつは俺の頭の中まで分かるのか? いつも唐突に核心を突いてくる航に、自分の心を見られている感じが多々ある。


「お前、見えるのか?」


「何がだよ。あからさまなんだよ、お前は」


呆れた顔で俺を眺め、ため息を吐く。


数十メートル向こうから排気ガスを吐きながらバスがやって来る。


バスは俺達を乗せ海岸線を走り抜けていく。無言の車内に着信音が鳴り響く。


どうやら航の携帯が鳴ったようで、航はポケットから携帯を取り出し、「夢からだ」と画面を確認する。


その瞬間、航の顔が一瞬だが強張った表情になったのを俺は見逃さなかった。


「どうした? なんかあった?」


「いや、なんでもない」


航はそれから俺と別れるまで一言も喋らなかった。

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