第2話 夏

「あちー」


俺は学生服のズボンを膝下まで捲り上げ、Yシャツのボタンを全開にして初夏の暑さに耐えていた。


梅雨が明け、気温も一気に上がり夏本番を迎えようとしていた。


「暑い暑い言わないでよ。こっちまで暑くなるでしょ」


手のひらサイズのうちわを仰ぎながら歩実は言った。


俺達は今、学校帰りに地元の駄菓子屋のベンチで涼んでいる。


暇さえあれば放課後五人でここの駄菓子屋に溜まるようになっていた。


田島のおばちゃんが営業している店だから俺達の間では「たじま」と愛称された。


うだるような暑さがアスファルトを照り付ける。


蝉の鳴く音が、暑さを更に引き立てているような気がした。


隣で元喜が今にも倒れそうな顔をして「お待たせー」と人数分のアイスを持って、夢と航がこちらに歩いて来る。


五人でそのアイスを食べながら、夏休みに何をするか皆で話し合っていた。


やはり定番は海、夏祭り、花火だろう。


ここら辺の地域は7月の末になると、海辺で花火大会があるらしく、出店やカラオケ大会などもあるようだ。


俺はこの町に来て初めての花火大会なので元喜が気を回してくれて皆で行く事になった。


そんな夏休みの話をしていると、田島のおばちゃんが声を掛けてきた。


「あんた達丁度良かった。今年海の家でバイトする子がいなくて、男手に困ってるみたいなんだよ。暇ならちょっと手伝ってあげてくれない?」


どうやら毎年夏季限定で海の家が開かれるらしい。


毎年お手伝いをしてくれていたバイトが就職したらしく、俺達の所に話が舞い込んできたようだ。


俺は夏休みも特に用事が無いし、小遣い稼ぎには丁度良かったので手伝う事にした。


元喜も俺と同意見でバイトする事に異論はないようだ。


「おばちゃん、俺と大地は暇だし手伝うよ」


元喜はさっきまで倒れそうな顔していたが急に元気になっていた。


「ありがとね。助かるよ。航ちゃんも手伝ってくれる?」


おばちゃんが航に問い掛ける。


「ちょっとだけなら……」


珍しく航が断らない。昔からお世話になっている店だから断りづらいのか、今回は一発でOKした。


こうして俺達三人は夏休みから約一か月間の間、海の家でバイトする事になった。


もう準備しているようなので、早速今週末に俺達は一度挨拶に行く事にした。


バスに揺られる事、三十分。海から一番近い駅に到着した。


そこから五分程歩いた所に木で出来た年季の入った建物を見つけた。


たぶんこれが俺達の働く海の家だろう。


「すみませーん」


早速店に入り今日一番の声を張る元喜。


店の奥から人が歩いてくる。


少し小柄の四十台半ばぐらいだろうか、アロハシャツに膝上までのショートパンツ、サンダル、頭にはサングラスを掛けている。


その人は目付きが悪く、俺を睨み殺してしまいそうな程目力があった。


俺は一瞬にして体の熱が下がっていった。嫌な汗が頬を流れる。


「あ、あ、あの夏休みからここで働かせてもらう者です」


元喜は震える声を抑えながら言った。


「あー、君達がそうなんだ。中入って、軽く案内するよ」


その人は、先程の表情からは考えられないような、明るい笑顔で俺達を招き入れてくれた。


俺達は挨拶と自己紹介をして中を案内してもらう事にした。


その人は話してみるとすごく人が良いのがわかった。名前は茂田さん。


市長の頼みで、夏季限定で海の家を開けているらしい。


店の中は四人掛けテーブルが四つ、カウンター席が五席あった。


夏になったら外にパラソルを立て、テーブルとイスをいくつか置くようだ。


店の中は埃っぽく、テーブルも椅子もかなり古い物で、お世辞にも綺麗とは言えなかった。


次に調理場に行くと、二人が並んで入るのが精一杯の広さで、かき氷を作る機械、鉄板、フライヤーなどの調理機器が置かれていた。


茂田さんはどうやら夏に向けての片付けと清掃をしている途中だった。


「もうだいぶ昔の物ばかりで汚いけど、一か月よろしく頼むよ」


茂田さんは俺達にそう言うと片付けを再開しだした。


「よろしくお願いします」


俺達は声を揃えて言った。その後、俺達は茂田さんの片付けを手伝ってから帰る事にした


。茂田さんは終始ありがとう、と言いながら作業していて、帰りには皆にジュースを買ってくれた。


俺は眠りつくまで茂田さんの笑顔が忘れられなかった。

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