第1話 春(8)

夢の話は中学時代の先輩と歩実の関係についてだった。


中学時代憧れの先輩だったのが、次第に仲良くなり好きになっていったらしい。


歩実は先輩が卒業するまで、思いを告げずにいて、卒業後も先輩の事が好きだった。


歩実が中学三年の時、好きな人の話になった時、同じグループの子は、歩実はまだ先輩の事が好きと思っていたが、歩実はよくわかんない。


と歯切りの悪い返事だったようだ。


夢が俺にこの事を最初に話さなかったのは、歩実が今もまだ、先輩の事が好きという確信が無かったからだ。夢はわざわざ航と席を変わって、俺を慰めにきてくれたのだと気付いた。


真剣に話す夢に俺は何も言わず、ただただ相槌を打った。


夢は話し終えると、鞄からお茶を取り出し飲んでいる。よっぽど喉が渇いていたのだろう。


「ごめんね? 本当はもう少し早く言った方が良かったんだけど……」


夢は少し俯いて言った。


「そんな事ないよ。わざわざ言いに来てくれありがとう」


俺は夢の視界に入るように顔を下げ、歯を思いっきり出し、顔がくしゃくしゃになるような笑顔で夢を見た。夢は「あはは」と笑い顔上げ、なぜかそこから変顔大会が始まった。


俺達は学校に着くまで変顔で笑いあった。


バスは学校に到着すると、前の方から順番に降りていく。


俺達は後ろの方なので、前の組が下りるのを座って待っていた。


夢は隣ですぐに降りられるように鞄を肩に掛け準備している。


「今日はありがと。気持ち楽になったよ。夢と付き合う奴は幸せだろうな」


俺は夢に感謝の気持ちを述べた。


「なっ、なに、いきなり」


咄嗟に立ち上がった。顔を見上げるとほんのり赤くなっていた。


動揺しているのが明らかに分かる。


「ほんと夢は悪い所ないよ。美人で頭脳明晰、スタイル抜群。文句無しだよ」


俺は悪戯な笑顔で夢を更に褒めちぎった。


「もう! いい加減にして」


照れながら俺の肩を叩いてくる。俺達はバスから降りるまで、じゃれ合っていた。


解散の挨拶も終わり、皆が一斉に帰宅し始める。


俺は航と元喜としばらく話した後、別れを告げ帰宅した。


帰り道、心地よい風が俺の頬を撫でるように通り過ぎる。


少し汗ばんだシャツに風が当たり、火照った体の熱を下げてくれた。


しばらく歩くと、いつもの自動販売機が見えてきてその横には俺の特等席が見えるが、何やら人影が見える。


俺は目を凝らしながら近づいて行くと、歩実が俺の特等席に腰掛け休憩していた。


「お疲れ」


そう言って俺に冷えたジュースを手渡してきた。


俺はありがとう、とジュースを受け取り、歩実にすぐ横に座った。


しばらく無言のまま時が流れた。


俺はジュースを飲みながら、何で歩実がここで待っていたのかを必死に考えたが、さっぱりわからなかった。


話があって待っていたのか、それとも単純に休憩していただけなのか……。待てよ。


ただ休憩しているだけなのに俺の分のジュースを買っているなんて不自然だ。


俺は何食わぬ顔で聞いた。


「俺に何か用事あった?」


「うん。ちょっとね」


歩実は、ぼーっと遠く見つめてこちらを見ない。


俺が「なに?」と聞くとしばらく黙った後、ようやく口を開いた。


「大ちゃんって夢の事好きなの?」


「へ?」


俺は言葉が詰まった。想像とは違う事を聞かれたので、返答するのに時間が掛かった。


「いい友達とは思ってるよ。恋愛の好きとは違うかな?」


「そうなんだ」


歩実は少し素っ気無く返事をした後、帰ろうかと立ち上がった。


「いきなりどうしたの?」


俺は質問の真意を確かめる為、歩実の後を追った。


「特に理由はないけど……。そうなのかなって思っただけ。帰りのバスの時隣に座ってたでしょ? すごい楽しそうだったし、それに昨日も夜話し込んでたみたいだし、それ見てたら夢の事好きなのかなって思ってさ」


歩実は相変わらず俺の顔を見ずに、ゆっくりと歩いて行く。


歩実の雪のように白い肌にはほんのり汗が滲んでいて、夕日がそれを照らし反射する。


楚々としたその姿に俺は釘付けになっていた。歩実の言葉通り、俺はこの合宿で夢との距離はかなり縮まっていた。


傍から見たら、俺は夢が好きとそう見えてもおかしくなかったのであろう。


「友達として仲良くなっただけだよ」


「本当にそうなのー? あんなに楽しそうだったのに」


歩実は俺を疑うような視線で見ている。


俺はバスの中の出来事を歩実に誤解されないように必死で説明した。


歩実はそんな俺を見て笑っていた。この帰り道だけは俺と歩実だけの時間で、誰にも邪魔される事はなかった。


俺達はそれから他愛もない話をしながら、いつもよりゆっくりと帰った。

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