第1話 春(7)

合宿二日目。俺は生気が抜け落ちたように食堂に行く。


昨日の衝撃がまだ吸収しきれずにいた。


移動中、航がお前情緒不安定すぐだろ、と俺に言うが返す気にもならない。


元喜はひたすら俺に謝ってきたが、元喜が悪い訳ではない。


俺が今まで元喜にした事を考えたら、当然の報いを受けているようだった。


「おはよー」


女性陣が揃ってやって来る。夢は俺の前に座り、生きてる?と心配そうに聞いてきた。


「半分死んでる」


俺は力のない声で言う。俺は気分が落ちている事を歩実に悟られないように、平然とした態度で朝食を済まし、食器を片付けた。


部屋に帰る途中歩実が後ろから俺の名前を呼んだ。


俺は一瞬ドキッと胸が高鳴るが、何食わぬ顔で振り返る。


「昨日皆で話し込んでたんだって? 何で呼んでくれなかったの?」


歩実は後ろで手を組み、俺の横に並んだ。


「ごめん。すっかり忘れてた」


「ひどーい。皆で何の話してたの?」


俺は昨日話した内容を覚えている限り話した。


だが、好きな人の話題だけは伏せておいた。


歩実は俺が話している内容にいちいちリアクションし、突っ込みを入れていた。


楽しそうにしている歩実を見ていると、俺は嬉しさか悲しさか言葉で表現出来ない気持ちだった。


俺は部屋に戻るとベッドに寝転び、誰もいない静かな部屋で歩実は今も先輩が好きなのかを聞くか迷っていた。ゴールのない思考を繰り返していると航が帰ってきた。


ベッドに寝転ぶ俺を一目見て、何も言わずに荷物の整理を始めた。


「なぁ」と話し掛ける俺に返事せず顔だけこちらに向ける。


「俺、歩実に水田先輩の事聞こうと思ってるんだけど。どう思う?」


航は少し考えていた。俺は航の返事を、餌を待つ犬のように待っていた。


「恋愛は博打だ。攻めるか守るか、押すか引くか、そういった駆け引きで勝敗が決まるゲームだ」


航はいつになく真剣な表情だった。俺は寝ている体を起こし、航の話に真剣に耳を傾けた。


航は続けて語りだす。


「お前の場合こうだ。この勝負を挑み、仮にお前が勝った場合の報酬は、歩実が先輩になんの好意も抱いてないという事。もしかすると、歩実はお前の事が好きという可能性が、ミジンコ程度はあるという事。負けた場合の代償は、お前にはこれから一切の可能性は無くなる。その返事聞いた瞬間ゲームセットだ。だけど今何もしなければ好転はしないが、傷は浅くて済む。どっちにするかはお前次第だ。リスクを背負い勝負すれば、勝った報酬はでかいが負けた代償もでかくなる。安易に突っ込めば火傷じゃ済まない。その覚悟がお前にあるなら勝負をすればいい」


こんなに熱く語る航は初めて見る。


話の口調がどこかおじさん臭いがここは伏せておこう。


何より俺の相談に真剣に乗ってくれていたようだ。


俺は何も言わずにベッドに横になり、航の言葉を思い出した。


航の口振りからすると、どうやらこの勝負の勝率はかなり低いように感じた。


恐らく航は、歩実の気持ちを知っていて、俺を余計に傷つけないように気を使ってくれていたのかもしれない。


航が俺にそんな気を使うか不思議に感じたが、あの真剣表情を疑う余地はなさそうだ。


俺は心のどこかで、誰かに背中を押してもらいたかったのかもしれない。


自分の決断が正解なのか、自分の判断が正しいのかを誰かに肯定してもらいたかったのだ。


俺は歩実への気持ちが大きくなり、周りが見えなくなっていた。航はそれをいち早く察知し、警告してくれていた。


荷物の整理、部屋の片づけ、館内の掃除を済ませた後、昼食を取った俺達は帰りのバスを待っていた。


今日はかなりの暑さで、体力自慢の運動部も悲鳴を上げていた。


数分経ってようやく迎えのバスが到着し、皆が一斉に乗り込む。


バスの席順は班ごとになっていて、行きは航が窓際だったので、帰りは俺が窓側に座る事にし、指定の席に腰を下ろして出発を待ち、目を閉じた。


しばらくするとバスが動き出した。俺は目を開けると何か隣から違和感を覚えた。


ふと横を見るとそこに座っていたのは航ではなかった。


「ごめん。起こしちゃった?」


「いや、目閉じてただけだから」


隣に座っていたのは夢だった。俺に話があったので航と席を変わってもらったようだ。


「どうしたの?」


不思議に思った俺は夢に尋ねた。


「大地に話があってさ」


「なに?」


「まあ、帰り道は長いからゆっくり話そうよ」


夢はそう言うと、鞄から飴を取り出し、食べる?と俺に差し出してきた。


俺はその飴を噛み砕くように食べた。

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