第1話 春(6)
片付けが終わると俺達は部屋に帰った。部屋に戻ると既に元喜がいた。
「おかえり、片付け終わった?」
「今さっき終わったよ」
俺は部屋のベッドに寝転ぶと大きく息を吸って目を閉じた。
日頃こんなに人と過ごす事がない俺はかなり疲弊していた。
元喜はこの後の流れと明日の起床時間等、細かな連絡事項を伝えた後、風呂の時間が来たので館内にある大浴場へと向かった。
扉を開け、脱衣所に入る。脱いだ服や下着などが散乱している。
皆興奮しているのか服を片づけないまま、次々に浴場へ流れ込んでいる。
服を脱ぎ一日の疲れを取る為、ゆっくり浴槽に浸かろうと考えていた俺に、とんでもない光景が飛び込む。浴槽はプールと化し、四方八方からクラス中の男達が飛び込んでいる。
この時、不運にも見回りの先生がいなかった為、浴場内は無法地帯となっていた。
浴槽の湯は激しくしぶきを上げ零れ落ちる。
浴場内の声は大きく外に響いたようで、その騒ぎ声を聞きつけた先生が飛んできた。
注意を受けるとようやく静まり返る。俺は一日の汚れを洗い流すと、浴槽に足踏む入れゆっくりと腰を落とす。
湯量は皆が飛び込んだせいでかなり減っていた。俺は湯が溜まるまで体を寝かせて、体全体が浸かるように入った。
しばらくして元喜が俺の横に来た。航はそれを追いかけるように俺達の正面に向かい合うように座った。
皆は浴槽に浸からずに次々上がって行き、浴場内はさっきの半分以下の人数になった。
俺はそろそろ風呂から上がろうとしたその時、航が元喜に語り掛けた。
「元喜、俺お前と好きな人一緒みたいだわ」
それは突然の出来事だった。俺も元喜も唖然としている中、航は真剣な表情で言った。
「ん? え、どうゆうこと?」
いきなりの事に焦る元喜。航の言葉をまだ整理出来てないようだった。
「だから、俺もお前も同じ人を好きになったんだよ」
「そうなんだ」
元喜の言葉に力が無かった。俺には今の元喜の気持ちが痛い程わかった。
相手がイケメンのモテ男なのだ。俺も歩実が先輩と仲良くしている時に、俺とは勝負にならないと思った。元喜もまさにそう思ったに違いない。
「俺とお前はこれからライバルになるかもしれない。だからお互いの好きな人が本当に一緒かどうか今確認しときたい。せーの、で一緒に言うぞ」
航は気を落とす元喜に向かってそう言い、元喜は頷いた。
俺はこの時思った。何か前にも似たような事があったような……。
そうだ。思い出した。
「せーの!」
二人が声を合わせて言った。俺はこの後に起こる事が予想出来た。
同時に航がとんでもないペテン師である事も。元喜は見事に航の術中にかかったのだ。
「帆夏」
俺の予想は見事に当たり、元喜の声だけが俺達にしか聞こえない大きさで響く。
「知ってるよ」
航は満足そうに笑っている。
航は恐らく随分前から知っていたのだろう。
普通にばらしても面白くないから元喜を騙したに違いない。
「そっかー、ほのちゃんかー」
俺はそう言って立ち上がり、浴槽から出た。
そういえば、入学してから元喜はよく帆夏に話し掛けていた。
日頃滅多に読まないのに、帆夏に勧められて難しい顔して読んだりもしていた。
最初は面倒見が良い元喜だから、と思ったがその行動は好意からだったようだ。
皆にも同じように接しているからわからなかったが、航の目は誤魔化せなかったみたいだ。
「騙したなー」
元喜の顔が急激に赤くなっていく。安心したのか元喜の顔に笑顔が戻る。
俺と航はそれを見ながら声を大にして笑った。
風呂から上がり部屋に戻る。渇いた喉を潤す為、自動販売機のあるホールに向かった。
そこには机が一つと、三人掛けのソファが机を挟むように置かれていた。
俺と元喜は隣に座り、航は俺達の向かいのソファに座り、ジュースを飲む。渇いた喉を炭酸が刺激する。
風呂上がりのこの一杯が堪らない。皆で一息吐くと話題は再び元喜の話になった。
「いつから好きだった?」
「中学の時から」
俺の質問に元喜が恥ずかしそうに答えた。
俺の班は、俺以外皆同じ中学出身で、どうやら元喜は中学時代から帆夏に惚れていたようだ。
その後、皆の中学時代の話などで盛り上がっていると、向こうから夢が来た。
「なんか楽しそうだね」
濡れた髪を結び、露出の多い部屋着を着て俺と元喜の前に座った。
俺と元喜は目のやり場に困り、なるべく夢の方を見ないようにした。
「なんて格好してんだよ」
「なんで? 可愛いじゃん」
注意する航を夢は不思議がった。
夢はモデルみたいな体系で肌が白くスタイル抜群だ。湯上り姿が彼女の美しさをより一層際立てた。
女に免疫のない俺と元喜には少し刺激が強い。
「で? なんの話してたの?」
夢は自分の格好の事など気にせずに、俺達が何に盛り上がっていたか尋ねた。
元喜がさっきまで話していた内容を夢に話す。夢は終始笑いながら、懐かしいと言っていた。
気付けば三十分程話し込んでいて、館内は静まり返っていた。
俺達は好きな人の話で盛り上がり、時間を気にしていなかった。
もうすぐ消灯の時間なので、俺達は急いで部屋に帰る事にした。
帰り道、俺達は話の続きをしながら帰っていると、元喜が衝撃の言葉を言った。
「そういえば歩実ってまだ水田先輩の事好きなのかな?」
その瞬間夢の目が一気に見開く。航は俺と目を合わせようとしない。
薄々そうじゃないかと思っていたが、実際にその事実を聞くと胸に穴が開きそうだった。
俺は突然の事に唖然としていると、航がボソッと呟いた。
「何も知らないって罪だな」
「知らなかったんだから仕方ないよ」
夢がフォローする。この四人の中で状況が理解出来てないのは元喜だけだった。
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