第1話 春(5)
俺はバスに揺られていた。
学校からバスで合宿所に向かっている最中だ。
バスの中は終始お祭り騒ぎで、テンションが上がった数人がバスに備え付けられていたカラオケを歌う始末だ。カラオケといっても、歌声は酷いもので、歌声というより叫び声に近かった。
そんな騒音の中、俺の横でヘッドホンにアイマスクして寝ている航。
今でも隙があれば、その顔面に一撃をお見舞いしてやりたい所だが、そんな事をすればクラスの女子が激怒し、俺は袋叩きに会うだろう。
航は先日、俺との約束を瞬殺で破った。
俺が今殺意を抱いているのはそのせいだ。俺は怒りを鎮めるように無理矢理目を閉じた。
合宿所に付き、部屋に荷物を置き館内の説明を受ける。
それからクラス対抗のバレーボールやバスケットボール大会が行われた。
夕食は自分達でカレーを作る事になっていた。
俺達の班は、カレー担当と米担当の二つに分かれる事にした。
カレー担当は夢、航、元喜、帆夏、米担当は俺と歩実になった。
俺はすぐに準備に取り掛かかろうとすると、夢が肘で俺の腕を突いてきて「良いとこ見せなよ?」と茶化してくる。
「分かってるよ」俺は小さな声で言うと歩実が「何話してるの?」と近寄ってきた。
俺は「何でもない」と言ってすぐに夢から離れた。
俺と歩実は持ち場が違う為、二人で移動する。
まず俺達は火の熾し方や米の炊き方まで細かい事を担当の方から丁寧に習う。
歩実は飯盒に人数分の米を計り入れ、米を洗い、メモリまで水を入れて、米を浸け置きする作業を。
火熾しは危ない為、俺が担当する事になった。木を集めて骨組みを組み、俺は先生の真似をしながらなんとか木に火が点いた。
「やった。点いた」
歩実は燃える火を見て喜んでいる。
俺は首に掛けたタオルで汗を拭う。歩実は飯盒に浸けている米の時間を確認すると「もう少しだねと言って」近くの椅子に腰を掛けた。
何やら向こう側が騒がしい。顔を向けると俺達の班だった。
いつものように夢が航を怒っているのだろう。
帆夏は言い争う二人を止めようとしているが、二人の間を割って入れないようだった。
元喜は一人で黙々と作業をしているが、どうやら不器用なようで夢から叱られていた。
俺はその光景を見ながら笑っていると
「さっき夢と何話してたの?」
歩実が訊いてきた。
「美味しく作れよって言われただけ」
咄嗟に嘘をつくと、歩実は目を細めて俺を疑うように見た。
俺は蛇に睨まれた蛙はこんな気持ちなのかと思い、歩実から視線を外した。
「あっ、目逸らした。何か嘘付いてる」
歩実は俺を逃がさないつもりのようだ。
「米、そろそろじゃない?」
俺は不自然に話題を変える。歩実は時間を確認すると、黙って俺に飯盒を渡してきた。
どうやら時間になっていたようだ。俺は飯盒を火にかける。
炊き上がるのには三十分ぐらい掛かるようなので、俺は歩実にカレーの様子を見に行こうと誘った。
歩実は少しご立腹のようで、まだ俺を睨んでいる。
俺はカレーの出来を見る為に鍋の中を覗き込んだ。
俺の目には見た事もないカレーがそこにはあった。
ジャガイモの皮は中途半端に残っていて、形は一口サイズとは程遠いデカさの物もあれば、赤ちゃんが食べるようなサイズもあった。
ニンジン、玉ねぎも同様に複雑な形をした様々の大きさの物が鍋の中に投げ入れられていた。
野菜を担当したのは元喜と帆夏のようで、野菜の切った大きさが二人の性格を表しているかのようだった。
野菜は火が通れば食べられるのだが、問題はルーの方にあった。
カレーを煮込む際、夢は航にカレーを見るように頼んでいたらしいが、航はカレーをかき混ぜる事もせず、ただ近くに座っているだけだったようで、カレーは見事に焦げていた。
かき混ぜれば多少は食べられるかと思って一口食べてみたが、すぐに体が拒絶した。
大のカレー好きも、このカレーを食べたら一発で嫌いになるだろう。
俺はすぐにカレーを吐き出す。それを見て航が俺に言った。
「人の作ったカレー吐き出すなよ。失礼な奴だな」
「こんなカレー作る方が難しいわ」
俺は口を拭いながら言った。
夢は「ごめん」としょんぼりした顔で謝っていた。
帆夏はともかく、お荷物二人を抱えて作業するには、さすがの夢も手に負えなかったようだ。
幸い米は何とか確保出来た。「どうする?」と相談する中、「皆から少しずつ分けて貰おう」元喜はそう言って各班から余ったカレーを拝借して回った。
こうして俺達は自分の班のカレーではなく、他の班が作ったカレーを食べる事になった。
「いただきます」
皆で手を合わせ一斉に食べ始める。
「まあ、カレーなんてどれ食べても一緒だろ」
航が不謹慎な言葉を投げると「だいたい航が焦がしたんだからね!」夢が口を尖らせて言った。
いつもと違う景色で、少し焦げ臭い匂いを嗅ぎながら食べるカレーは、今までにない味だった。
夕食を食べ終えると、片付けが始まり俺は机を片付け台拭きで汚れを拭き取る。
皆も同様に片付けを行っていた。ある程度片付け終わった後、元喜と歩実は班長会議に出る為、先に部屋に帰った。俺は夢が洗い終わった食器を拭いた。
「どうだった? 上手くいった?」
夢が興味津々に聞いてくる。
「んー、どうかな」と少し考えながら答えた。
「大地はもっと積極的にした方がいいよ」
俺が歩実を好きと知った後から俺と夢は話す機会が増え、今では俺の事を呼び捨てで呼ぶようになった。
「俺なりに頑張ってる方だけどな」
「歩実、可愛いんだから。すぐに取られちゃうよ?」
その瞬間、俺の頭にはあの先輩の姿が過ぎった。
先輩は俺より背が高く、しかもイケメンで体中から優しさのオーラを放っているような人だ。
考えれば考える程、絶望的になった。俺が先輩に勝てる要素は限りなくゼロに近かった。
「男ならしっかりしなさい」
そんな俺を見て夢は渇を入れる。
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