第2話 夏(2)

「キーンコーンカーンコーン」


チャイムの音が校舎に一斉に響き渡る。


終業式が終わり明日から夏休みが始まる。


俺達はあれから何度か茂田さんの所に片付けの手伝いをしに行って、なんとか夏前に海の家の開店準備が出来たのだ。


古いテーブルは新しいクロスをかけ、椅子は汚れが目立たない様に、上から座布団を置いた。


店の中は殺風景で何ともアクセントが無かった為、俺の提案で誰のかわからない忘れ物のサーフボードを飾り、壁には貝殻を糸で繋げた物をいくつも吊るし、海の砂を瓶に入れ貝殻で飾り付けをした物をいくつも棚に置き、ハンモックも吊るした。


お金の掛からないように部屋をコーディネートし、以前よりもすごく明るい海の家が完成したのだ。


その夜、茂田さんは俺達にお手製の焼きそばをご馳走してくれた。


さすが熟年の味、まさに完璧な味付けで文句の付け所がなかった。


俺の横で元喜が焼きそばにマヨネーズをかけまくって、茂田さんに怒られていたが、そんな事をしなくても十分美味しかった。


食べ終えると茂田さんが店を開店するにあたっての開店注意点や接客態度、給料の話を念入りに話した。以前にも接客態度が悪いと、お客さんと喧嘩になったバイトが何人もいたそうだ。


俺は茂田さんには迷惑がかからないように丁寧な接客を心掛けよう。そう決めた瞬間、茂田さんが言った。


「大地、お前は中で俺の手伝い。元喜と航は接客を頼む」


「え? 俺、中ですか? てっきり茂田さんが一人で料理するのかと思ってました」


俺は意外な言葉に驚きを隠せなかった。でもその後の茂田さんの言葉に俺は納得せざるを得なかった。


「最初はそう思ったがやっぱり一人じゃキツイしな。それに明るい元喜は接客向きだし、顔の良い航は店の看板だな。こいつに客引きと接客させたら女の子いっぱい来るだろ? だから余った大地は俺の手伝いって事」


大きな口を開けて笑う茂田さんにつられて、元喜も手を叩きながら笑っている。


俺は元喜に「笑うな!」と元喜の手を抑えつけた。


元喜はすぐに黙ったが明らかなに笑いを我慢している。


一方、航は茂田さんに「俺には無理です」と一生懸命訴えているがこの決断が覆ることは無かった。


それから俺は店の料理を覚えたり、かき氷の作り方、盛り付けなど茂田さんから教わった。


航と元喜も並行して接客の仕方を教わっていたが、航の笑顔が引きつっていてぎこちない。


それを見て笑う俺に、航はドスのきいた声で「見るな」と睨み付けてくる。


ぎこちないながらに航も頑張っていた。


それから数日が経ち、ようやく明日が海の家の開店初日だ。


学校中を響き渡らせるチャイムが鳴り終わると、皆が一斉に下校し始める。


今日は帰りに五人で駄菓子屋に寄り道して行く事になっていた。


真夏の太陽がグラウンドを熱して、外はものすごい気温になっている。


「あつーい。溶けちゃう」


夢が力ない声で言った。


「明日から俺達、海の家で働くから女子呼んで海に来なよ。気持ちいいよ」


元喜が無邪気な笑顔で夢に笑いかける。


「元喜だけだよ。そんな事言って変態扱いされないのは」


俺は重い頭を少し上げ、羨ましそうに元喜を見た。


確かに、と歩実が笑って頷く。普通の男子がそんな事言ったら、水着が見たいという下心が丸見えだが、元喜が言うと素直にそう言っていると思われて、女子は皆元喜を変態扱いはしなかった。


元々下ネタとは無縁の元喜だから許される言動だ。


「そういえば手伝いって何するの?」


夢が俺に尋ねる。


「接客と料理の手伝いかな」


「誰が接客するの?」


「元喜と……航」


「えー!」


歩実と夢が同時に声を上げた。


「航が接客なんて出来るの?」と言いながら夢の目には少し涙が溜まっている。


笑いを我慢し過ぎて涙が出てきたようだ。そのぐらい航が接客するなど考えられない事だ。


「いやー、良いもの見せてもらったよ。こいつの笑顔ぎこちなくてさ、笑わせてもらったよ。夢も歩実も一回見に来たらいいよ」


「俺だってやりたくねーよ! でも駄菓子屋のおばちゃんのお願いだから仕方なくやるんだよ。でもこいつの理由に比べたらましだけどな」


からかう俺に航は反撃するように言い返し、俺に向かって指を差した。


「どうゆう意味だよ」


「余りもの」


航が言った言葉に元喜が爆笑する。手を叩き大きな声を上げて笑い出す。


歩実と夢は何の事かさっぱりわかってなく、キョトンとしていた。俺と航が小競り合いしていると元喜が歩実と夢に説明し始めた。


「あのね、この前誰が接客で誰が中の手伝いをするかを茂田さんって人が決めたんだけど、その理由が俺は明るいから接客向きで、航は顔が良いから客引きと接客したら女の子が沢山集まるだろうって理由からなんだけど、接客に三人はいらないらしくて、それで余った大地が中で料理の手伝いって事になった訳」


元喜は話の節々で笑いを我慢しながら皆に説明をした。


ふと航の方に視線をやると勝ち誇ったような顔で俺を見ている。


歩実や夢は話が理解出来た途端に二人で笑い出した。


結局その日は最後まで俺はいじられ、バイト前日に散々な目に会った。

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