第1話 春(2)

いつもの様に、眠い目を擦りあくびをしながら登校する俺。


いつものと同じ景色を見て同じ時間に学校に着く。


何やら今日は皆落ち着きが無く、教室がいつもより騒がしい。


そうか、今日の授業は来月行われる合宿の班決めを行う事になっていた。


朝から教室はその話題で持ち切りだった。

先生が教室に来てもその騒がしさは、静まることは無かった。


朝礼が終わり、合宿についての司会進行は学級委員に任せられ話が進む。


「来月クラスの絆と交流を深める為、合宿が行われますので、今日は皆で班決めと係を決めてもらいます。では男子女子分かれて三人一組になってください」


クラス中が一斉に立ち上がりバタバタと移動を始める中、俺は一人机を動かずにしばらくその光景を眺めていた。


数分もしない内に次々にグループが出来上がっていく。グループになっていないのは俺と委員長。


どうやら委員長は最初から俺となると決めていたようだ。


近づいてくるなり「よろしく」と差し出された手を握り返し軽く握手をする。


委員長の名は佐藤元喜さとうげんき、いつも明るく無邪気で憎めない奴だ。


元気で軽いノリが彼の持ち味だ。人に対して過剰に気に掛ける所があり、優しい性格の反面、少し抜けたとこがある。


そんな元喜は、入学当初からずっと一人の俺を気に掛けていた。


そして後一人、俺達の班になったのが航だ。何事も面倒くさがる奴だから、最初から動かずにその場にいたみたいだ。


そもそも合宿にすらあまり関心が無いようにも見える。


あくびをしながら頭をポリポリ掻く航を元喜が呼ぶと、だるそうに立ち上がりこっちに来る。


班が決まり、話が進んでいく。


「じゃあ次は活動班を決めるから代表を決めてその人はくじを引いて下さい」


元喜が話を進める。


活動班とは男子三人、女子三人の計六人の班だ。


俺達の班の代表は元喜だ。航は集まるなり机に伏せ寝ている。


俺は代表という柄じゃないし委員長の元喜が最適だろう。


「みんな引いたー? じゃあ代表の人番号教えて」


そう言うと元喜は紙にメモを取り、男子の班と女子の班を照らし合わせ同じ番号同士の班が活動班となるらしい。俺達の班は歩実達の班と一緒になった。


俺は嬉しさを隠しながら心で元喜のくじ運に感謝した。


班構成はこうだ。俺、元喜、航、歩実、夢、帆夏。


一人おとなしくあまり喋らない女の子が歩実達の班にいる。


彼女の名は木下帆夏きのしたほのか、いつも読書したり絵を書いたりして、友達と仲良くしているところはあまり見たことがない。


なぜそんな子が歩実や夢みたいな子と同じグループに?と思ったがどうやら面倒見に良い2人がおとなしい彼女を誘ってグループ作っていたようだ。


活動班が決まり、話はグループの係についての話になった。


皆活動班で集まるため各場所に移動を始める。俺達の班は俺の席を中心に集まっている。


「とりあえず班長決めようか」


元喜が話の指揮をとる。


「元喜が班長でいんじゃない? 皆をまとめられるし」


歩実は元喜にそう投げ掛けた。


「うん!私もそれがいいと思う」


元喜を推薦する歩実に夢が賛同する。


班長が男性なら副班長は女性にしなければならない決まりだ。


歩実は元喜を班長に推薦したからか自ら副班長に名乗り出た。


「みんなそれでいい?」と意見を聞く元喜に帆夏と俺は黙って頷く。


「航!寝てないで話し合いに参加して」


と夢が寝ている航を叩き起こしている。


「元喜がそれでいいなら俺は何でもいい」


航は机から顔を上げるとそう言った。


係は大きく分けて三つある。班長など班をまとめる役、寝具など身の回りのお世話する生活係、食事などの支度役の食事係だ。


班長が決まったので話は残りの係決めに進んで行く。


「帆夏何がいい? 私は余ったやつでいいよ」


夢は帆夏に優しい声で問い掛ける。


「……えっと、じゃあ生活係にしようかな」


各係男女一名ずつという決まりなので、帆夏が生活係に決まった事で夢は食事係となった。残りは俺と航の係を決めるだけだ。


「OK! えっと大地君? は何がいい?」


夢は初めて俺と話す為、少しよそよそしい感じで話し掛けてきた。


「俺も最後余ったのでいいよ」


「じゃあ大ちゃん生活係やりなよ! 航は夢がいないとすぐサボるからさ」


歩実は、航が夢といないとサボる事を知っているからか、俺に生活係を提案してきた。


班長以外なら何でもよかった俺は、コクっと頷いた。


「サボらねーよ」


航が体を伸ばしながら言う。


「嘘つかないの」


夢がすかさず航にツッコみを入れた。それから航と夢の言い合いを聞いている内に授業が終わった。


それから合宿までの間、班での話し合いが何度かあり、俺も次第にみんなと自然に話せるようになってきていた。


班での話し合いをきっかけに元喜と話すようになった俺は、お昼ご飯を一緒に食べようと何度も誘われていたが、俺はもう一人でご飯を食べるのに慣れていたし、元喜以外は話した事なかったので俺は一緒に食べるのを断り続けていた。


昼休み、いつもの様に屋上へ行くとそこにはもう航がいた。


こいついつも早いな。


俺はチャイムが鳴ると、一目散に教室を出て寄り道もせずに来るのにそれよりも早い。不思議に思いながら、いつもの特等席へと向かう。


「お前、元喜から飯誘われてたんやねーの?」


珍しく航が話し掛けてきた。


「断った。元喜以外知らない奴で気まずいし」


「あんまりあいつの優しさを無駄にするなよ」


航は俺を見ずにそう言った。確かに俺は元喜の優しさを無駄にしていたかもしれない。


いつも俺に気を使い、俺が一人になる所を見逃さなかった。


そういえばいつも俺は元喜の優しさに守られていた事に気づいた。


元喜は俺と仲良くなって何のメリットがあるのか?俺に何を求めているのか?と元喜が俺と一緒にいる意味ばかり模索していた。


気づけば長い間忘れていた。


友達と一緒に過ごすのに明確な理由がいるのか。


確かに人間関係を築く上で、友人に何かを求めるのは必然の行為だ。


例えば、自分に無いもの持っている友人は刺激をくれる。ユーモアに溢れた友人は楽しさをくれる。


そういった友人がある日突然、魅力が無くなったり、面白く無くなったりしたらどうだろう。


俺は彼らと友達をやめるのか。いや、そんな事はない。長い間を共にすれば、当初のメリット以外にも色んな良い所や、悪い所が見えてくる。


時には喧嘩をしたり、悪口を言ったりする事もあるだろう。


だが余程の理由がない限り、友達は簡単にはやめないだろう。


その友好な関係を築くのには、まず友達になる事が前提なのである。


友達になるのに理由もいらなければ、メリットも必要ない。


俺は元喜の優しさを考えたら胸が痛かった。


昼休みが終わり、俺は少し俯いたまま教室に帰ると、何やら歩実と夢が放課後に合宿の班で集まろうと話している。


「パス」


航が気だるそうにと言う。


「パス無し、行くよ」


いつも用に夢が航の言葉に反応する。


そのやり取りに皆が笑っているが、俺は自分が上手く笑えているかが気になった。


顔が引きつって上手く笑えてないような気がしたからだ。


「大地は? 折角だしみんなで行こうよ」


元喜が笑顔で俺を誘ってくる。


「ごめん、またにするわ」


俺はそう断りを入れ席に着いた。


今まで俺が元喜にしてきた事を考えていると簡単にOK何て言えなかった。


大半の人間が俺を否定するだろうが、今の俺にはそれが出来なかった。


放課後になり、歩実はもう一度俺に誘い掛けてきた。


「大ちゃんなんか用事? 暇ならみんなで行こうよ! 仲良くなるいい機会でしょ」


俺の前の席に座り、俯いている俺の顔を少し前屈みになり覗き込んでくる。


「暇じゃない」


「何があるの? いつ暇になるの?」


歩実はしつこく何度も引き止めてきた。


「俺もう帰るから、みんなで楽しんで」


俺は荷物を持ち、教室を出た。


「ちょっともう! 待ってよ」


歩実は少し怒った口調で俺を追いかてくる。


こんな俺をここまで誘ってくれているのに、俺はいつまでも意地を通した。


今更行くとも言い難かったし、そんな気分でも無かった。


早足に教室を出て廊下を歩く俺の横を、歩実がついてくる。


すると、後ろから歩実の名前を呼ぶ男の声がした。


声の主の方に振り向く時、歩実の横顔は一瞬はっとした表情をしていた。


その表情はビックリしたからなのか、その男への好意からなのかはわからなかったが、明らかにいつもと違う表情をしていた。


「大ちゃん、ちょっと待ってて」


そう言いながら歩実はその男の方に走って行った。


この時、歩実の後ろ姿は少し嬉しそうに見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る