飛んで火にいる夏の虫
道端道草
第1話 春
高校1年の春、俺の新生活の始まり。
今年の春から俺は、辺り一面自然に囲まれた田舎に引っ越し、父の実家の近くにある高校へと入学した。
入学してから数日経った今も俺は一人でいる。
そもそも、人付き合いが苦手で人見知りの俺は、自分から積極的に話し掛けたりはせず、教室の隅に座ってただ外を眺める事しかしなかった。
いや、正確には出来なかったと言うべきか。その成果はすぐに結果となった。
入学して数日経ち、俺は既に孤立しかけていた。
俺の通う高校はすぐ隣に地元の中学校があって、そこの卒業生の大半がこの高校に入学し、中学からの友人、知り合いでグループを作る。
俺も最初は数人から話し掛けられたが、どう接していいかわからず素っ気無い態度をしたり、会話に上手く入れずに黙ったりしていると、だんだんと話し掛けてくる人がいなくなっていった。
俺と接してみて尚、俺に話し掛けてくる奴はクラスにはいなかった。そう、こいつ以外は。
「おはよー」
朝の登校時、朝日が眩しく地面を照らす。
眠い目をこする俺に明るく大きな声で挨拶をする一人の女の子の声。
後ろから俺の肩ものすごい勢いで叩く。
「いてーな、朝から」
俺は少しよろけながら彼女の方に目を向ける。
「大ちゃん、朝から顔暗いよ?」
俺の名前は
笑顔が可愛く黒髪のショートヘアがよく似合う、いつも明るく小柄な女性でクラスの太陽的存在だった。
歩実とは家が近く、登下校の際、会う事多かった。そのおかげか歩実は朝会う度、俺に挨拶をするようになっていた。
歩実は学校でもこんな俺に話し掛けてくる物好きで、俺がどんなに素っ気無く接しても、変わらずに話し掛け続けてくる。
最初は君付けだったのが、今はあだ名で呼ぶようになった。
俺も次第に歩実には口を開く回数が増えてきていた。
「いつもこの顔だよ!」
少し声を張って言い返す俺を見て歩実は笑いながら、俺の横を通り過ぎて行く。
俺の一日は、歩実とのこんな些細な会話から始まる。
学校に着くと、教室では昨日のテレビの話や芸能人の話、かっこいい先輩の話などが飛び交っている。
俺は教室に入ると皆の会話を横耳に、一目散に席へと向かう。
俺の席は教室を入って一番奥の後ろから二番目の窓際の席だ。
ここは外の景色が良く見え、しかも何度見ても飽きない風景が俺は大好きだった。
授業が始まっても視線は常に外にあり、たまに黒板を見てはまた外を見るといった具合だ。
俺は一人でいる時間が割りと好きで、特に困らなかったが、この時間だけはさすがの俺も人目を気にした。それは昼休み。そう弁当の時間だ。
中学までは皆が自分の机で皆が同じ給食を食べていたが、高校は弁当持参なうえ食べる場所も人も特に決まってない。
俺は一緒に弁当を食べる友達がいなかったので、教室で一人弁当を食べているとさすがに皆の目線が痛かった。
言葉こそ聞こえないが、「あいつまた一人だよ」「友達いないって寂しいね」と言われているような気がしていた。
人目を気にしながら食べる弁当はどこか味気なく、あまり美味しく感じられなかった。
そして俺は今日、弁当を片手に誰の目も気にせず、静かで一人になれる場所を探していた。
中庭は上級生の溜まり場になっている。学校外には出られない。
どうしよう、と考えながらとりあえず目の前の階段を上る俺。
階段を上り進めるにつれ、校舎内の騒がしい声が次第に小さくなっていった。
俺は思った。一番上まで行けば静かで人目に付かないかも知れないと。
軽く駆け足気味に一段飛ばしで階段を上がって行く。着いたのは屋上。
そこには畳四、五畳程の踊り場と、屋上へと繋がる引き戸があった。俺は外に誰もいない事を願って、恐る恐る引き戸を開ける。
開けた先には誰もいなく、そこには雲一つない晴天の空が屋上のコンクリートを照らしていた。
風は気持ちよく日当たり良好。俺は早速ここで弁当を食べる事にした。
外に出ると何やら視線を感じる。俺は視線の感じるほうへ目を向けると、そこに一人の男が座っていた。
よく見るとそいつは同じクラスで見た事がある奴だった。
彼の名は
ぶっきらぼうで淡白な性格で、あまり人と群れたりしない一匹狼。
こんな性格だが航は同級生や先輩から結構な人気があった。
それもそのはず、成績優秀、スポーツ万能、おまけに顔もイケメンとまさに文句なしだ。
中学の頃からかなりモテたらしいが、航自身は女性にはあまり興味が無さそうだ。
俺は会釈してから、航とは一番遠い所に座り弁当を食べる事にした。
航も騒がしいのが嫌でここにいるのだから、わざわざ俺に話し掛けてくることもないだろう。
弁当を食べ終え、俺は地面に寝転んだ。風がまだ少し肌冷たいが、日向にいればほんのりと暖かく、ちょうどいい天気だ。
しばらくすると、「キーンコーンカーンコーン」と予鈴の音が学校中に響き渡る。
俺は起き上がり教室に帰る支度をするが、航は起きる素振りすらない。
俺は起こそうか迷ったが、話した事も無い奴に起こされても気を悪くすると思い、そのまま帰る事にした。
すると、階段の方から足音が近づいてくる。
そこに来たのは長い髪を一つに結ったポニーテールの女の子だった。
「航! いつまで寝てるの?」
大きな声を上げて航を呼ぶ。
彼女の名前は
顔立ちも気品があり、面倒見が良く人当たりがいい性格で皆のお姉さん。
さらには勉強も出来る、まさに非の打ち所がない女の子だ。
強いて欠点を述べるなら、少しばかり気が強いところか……。
「今日は別いいだろ」
航は自分の腕を枕にして夢の顔も見ずに、ダルそうな声で返事をする。
「何がいいの? 意味わかんないから早くして」
全く起きようとしない航にご立腹の夢は、航の腕を引っ張りながら言った。彼女は細くて白い腕で懸命に航の腕を引っ張り何とか座らせる。
俺はそのやり取りを横目に見ながら屋上から教室へと向かった。
階段を下りていくと騒がしい声が校舎に響き渡っている。
静かな屋上とは反対に騒がしい教室に戻るのは少しばかり気が引けた。
教室に帰る途中、向こうから歩実が歩いてくるのが見えた。
歩実は声の届く距離にくると、「今日はどこでご飯食べての?」
首を傾げながら俺に言った。俺は話し掛けられたのも嬉しかったが、それ以上に教室に俺がいない事に気づいてくれたのがすごく嬉しかった。
「屋上…」
とっさの言葉にどんな態度で返答すればいいかわからず、素っ気無く返してしまう俺に歩実は耳を疑うような事を言い出した。
「一人で食べてるなら私が一緒に食べてあげようか?」
一瞬動揺する俺。少し微笑みを見せながら俺を見ている歩実に、俺は動揺を隠すかのようにポケットに手を入れた。
「お断りします」
視線を下げたままそう言うと、足早にその場を去った。女の子にあんなこと言われたのは初めてだった。
教室に帰り、俺はさっきの出来事を頭の中でもう一度再現していた。
妄想ではクールに対応し少し冗談なんか言いながら、楽しく話が出来るのだが現実は違う。
最悪だ。
いざ現実になると思っている事も喋れずに、挙げ句の果てには素っ気無くしてしまった。
俺は頭を抱えながら席に着き後悔した。
考えれば考えるほど俺の中で歩実の存在は大きくなっていた。
周りがどんなに俺の事を悪く言っても、いつも自然に話し掛けてくれ、気を使ってくれる歩実を俺は好きになりかけていたのかも知れない。
そんな俺と歩実が話すのを良く思ってない奴もいたが、俺は歩実と話せれば周りからなんと言われようが正直どうでも良かった。
放課後になりまだ太陽が高い位置にある。
俺は車もあまり通らない田舎道を一人で歩いて帰っていた。
春になり外はだいぶ暖かくなってきた。
歩いていると昼間は少し汗が滲んでくる。
俺は喉が渇いたので自動販売機でジュースを買うと、隣にあるちょうどいい高さに石に腰を掛け一息付く。
手に持っているジュースの蓋を開けると、プッシュと炭酸が抜ける音がする。
俺は渇いた喉を潤すように息継ぎをせず一気に流し込む。
俺は喉が渇いていたのもあるが、ここで休憩するのにはもう一つの理由があった。
ここは俺と歩実の登下校時に通る道で、運が良ければ帰り道で歩実に会う事が出来る貴重な場所だ。
今日は歩実は通らなかった。少し残念に思いながらジュースを飲み終えた俺は、立ち上がり帰る事にした。
すると後ろから物音がする。
俺はすかさず振り返るとそこには歩実が立っていた。
びっくりしたからか、それとも嬉しさからか俺はドクンと大きく胸を打った。
「あー、ばれちゃった」
いたずら心で俺を後ろから脅かそうとしていて、上手く行かず少し残念そうに笑う歩実。
その笑顔はすごく可愛かった。
「何してんだ? こんな所で」
俺は少し焦った口調で話した。
歩実は別に何でもないよ、と言って俺の前を歩いて行った。
俺は後を追うように歩実の横に並び歩き出した。
しばらくして、歩実が俺の顔を覗き込みながら言った。
「そういえばもうすぐ合宿だね。大ちゃん誰か一緒の班になる人いるの?」
歩実は後ろ向きに歩きながら俺を見る。
「いや、いないよ。見たら分かるだろ?」
俺は少し尖った口調で返した。
「お弁当も一人で食べてるでしょ? 一人でいるより友達といた方が絶対楽しいよ」
「一人の方が楽なんだよ、それに班なんて誰となっても同じだろ」
天邪鬼な俺を歩実は丸く大きな目で睨み、少し怒った表情で言った。
「もう! 心配して言ってるのに、もう知らない」
歩実はプイと前を向き歩き出した。数歩歩いた所でもう一度振り返り、俺に向かってベーと舌を出し少し笑っている。
一見真面目そうに見える歩実だが、イメージと違ってお茶目な一面が見え、その度俺は心を打たれていた。
春空の下、散った桜の花びらで埋め尽くす道を、俺と歩実は一定の距離を保ちながら帰る。
この長い一直線を進むと、T字路に突き当たる。ここでお互い逆方向へと帰って行く。
何の恥じらいも無く、大きく手を振る彼女に、俺は背を向けたまま片手を上げ応える。
あの直線がもう少し長ければ、俺は空を見上げながら叶わぬ願いを何度も唱えながら帰って行く。
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