スポーツをしたいのではなく

 隙間はどんどん消されていく

 あらゆるものに用途が定められる

 子どもの頃の意味のない遊びが

 だんだん許されなくなって

 身体を動かす遊びは

 スポーツとして整頓されたかたちでしか

 してはいけない空気に侵される

 スポーツをしたいのではなく

 遊びたかっただけなのに

 自分の愛した鬼ごっこは廃れてしまい

 身体を動かすことに理由をつけなければならなくなる

 口実が必要とされ始める

 言い訳がましく


 子どもはよく

 意味のない動きをする

 腕を限界までねじったり

 とつぜん側転したり跳ねまわったり

 大人が同じような動きを外ですると

 頭のおかしな人と見なされる

 それは言い過ぎか?

 でも、そんな空気はたしかにある

 その空気を感じる以上

 自分は気ままに動けなくなった

 子どもの意味のない動きを見かけると

 ほっとする

 この空気は絶対に間違っているという頑迷な信仰に

 赦しを与えられたような気がして

 肉体は社会の従属物ではないと

 声高に語られている気がして

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