月、

 おまえは楽しくないか?

 言葉を使えるということが

 おまえの学んだその道具はあまりにも射程が長い

 おまえは月に降り立つことはないだろうし

 おまえの指が月に届くこともないが

 月、と言えること

 月、と書けること

 おまえに与えられたその自由は

 決して当たり前のものではない

 夜空を見上げて目に入るあの白く輝くなにものかを名指せなかったときの哀しみを思え

 そのときの空白と伝えきれない茫漠を思え

 月、と聞けば

 月、と読めば

 おまえの白昼夢に月が生まれる

 おまえが毎日のように言葉を使って為していることは

 神が毎秒のように為していることと同じことだ

 たれか思ひ煩ひて身のたけ一尺を加へ得んや

 だがおまえは言葉で全世界を加えられる

 楽しからずや

 言葉は所詮は言葉だ

 おまえの言葉は鎖に繋がれている

 鎖はどこまで自由を許すか

 それを試す気がおまえにはあるのか?

 おまえは楽しくないか?

 おまえの言葉がおまえを引きずりまわすことが

 行けるところまで行って

 終わりの近づいた夜に佇め

 既存の鎖を拒絶した月が

 新たな言葉で呼ばれるのを待っている

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