ひとり

 事故が起こる

 あるいは殺戮

 そして犠牲者の数は?

 ひとり

 それを聞いて思うこと

 なんだ、大したことじゃないな


 ひとり

 この世から消えたひとり

 死んだこともない人間から

 大したこととも思われないひとり

 ひとり

 午前か午後にいなくなったひとり

 顔すらもさだかでないひとり

 おまえは生まれたときからひとりだ

 ひとりでなかった人間などいない

 そうしておまえは毎日のように

 ひとりが死んだニュースを聞いて

 大したことではないと思い

 日々に慣らされて魂を軽蔑する

 ひとり

 地上から掃き清められたひとり

 歴史から疎外されたひとり

 おまえの愛するだれかはひとりだ

 愛するだれかの代わりなどいない

 そうしておまえは毎日のように

 ひとりが群がる交差点を眺めて

 だれもかれもに価値がないと

 数の暴力に愛を奪われる

 ひとり

 だれもが生まれてからひとり

 どれだけ集まっても死ぬまでひとり

 ひとりの犠牲が大したことではないならば

 おまえはひとりよりも孤独なうすらばかだ

 ひとりの声すら聴き取れないぬけさくだ

 ひとりになれさえしない弱虫だ

 おまえの考えるひとりはひとりではない

 おまえの考える大したことのないひとりはおまえだ

 ひとりにすら値しない影だ

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