他人

 自分は他人になにを伝えたいのだろう

 そもそもなにかを伝えたいのだろうか

 他人の存在しない地平ばかりを

 夢見つづけてきたというのに


 人は結局のところ他人と出会うことなく死んでいくのではないか

 そう言っていた人もいる

 とてもよくわかる気がしたが

 いまほどはわかっていなかった

 いまもまだわかってはいないのかもしれない


 焦がれるように求めたただひとりの他人は

 もう遠く離れてしまった

 他人よりも遠い他人になってしまった

 哀しみと痛みさえも遠ざかってゆく

 なにもかもが白い平原に立ったまま

 なにもない風景を眺めている

 だれひとりいない

 草木さえ見当たらない

 夢はある意味では実現したわけだ

 あの人を忘れさえすれば

 望んでいたとおりの平穏が訪れる


 忘れられないことは辛いけれど

 忘れたいとは思えない

 それは

 自分に残された最後の感情のような気がする

 世界との紐帯はことごとくちぎれてしまったけれど

 それだけはどうやらまだ

 胎児がすがりつくへその緒のように

 しぶとく切れずにいるようだ

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る