ジーニー・パッドの日々(未完)
相生薫
第1話
「えっ?ジーニー・パッドだって?」
「バカね。小学生前からジーニーを与えないと意味が無いのよ」妻の
「これが幾らすると思ってるんだ?」
「高いのは仕方ないじゃない。通信AIなんだもの」
「まだ早すぎるよ」
「あのね、有名私立の小学校はジーニー・パッドを授業に入れてるのよ。ジーニーを持ってないと入学できないの」
「公立でいいじゃないか」
「公立でもジーニーを取り入れるそうよ。貸出のジーニーで最初は対処するってニュースで言ってたけど、借り物のジーニーと自分のジーニーじゃ全然違うのよ」
「分かるけどさ、こんな幼い頃から持たせる事無いんじゃないか?」
「防犯にもなるじゃない。絶対必要だって!」里子は箸を持った手でドンっとテーブルを叩いた。
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パイン社のホームページはPC用のものしかなくて、探しだすのに小一時間もかかった。しかも、ネット販売は一切していないということだ。
今時、飲食店や美容院以外等の店以外に店舗を構えている店はない。
電化製品はもとより、食品や日用品など配達できるものを扱っている店は店舗を持たないのが通常だ。なんでもネットで買うのが当たり前だ。ウロウロ街を歩き回って疲れ果てようと思う人は誰もいない。
にも関わらず、ジーニー・パッドの製造販売元のパイン社は自社販売店のみでしかジーニー・パッドを販売しないというのだ。
ジーニー・パッドを買うためには、わざわざ最寄りのパイン社直販店に出向かないといけないらしい。なんとも非経済的で面倒だ。
「なんだ、店まで行かなきゃいけないのかよ」剛志はモニターを睨んだ。
「いいじゃない。週末に行ってみましょうよ」剛志の後ろに立った里子がコーヒーのカップを机に置きながら言った。「パインはもうネット販売はしないそうよ」
「なんでまた、そんな時代遅れのことを…?」
「さぁねぇ」里子は何故か少し嬉しそうに答えた。
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電話がメインの「スマートフォン」時代から、電話機能が付属機能の一部でしかなくなった「スマート・モバイル」の時代に変わってから数年が経った。
世間の常識はスマホからスマモに変わった。
音声入力やジェスチャー入力が主流となり、文字入力はPCでしか使われなくなった。スマモは携帯電話機能よりPad機能の方が優先していて、スマホより大きなものが殆どだったが、大抵鞄の中に入れていて、ブルートゥースで接続しているので、画像を見る他は鞄から出す必要もない。またモニターも紙のように薄い外付けモニターや小型キーボードも販売されているので、本体を鞄やポケットから出す人は殆どいない。
勿論、剛志も里子もスマモは持っていたが、ジーニー・パッドは持っていなかった。
ジーニー・パッドはスマモに音声対応型の人形がついた子供用のスマモだ。
待合室で一時間以上も待たされた後に、ようやく剛志と里子がカウンターに呼ばれた。待合室は客で一杯だった。
「お待たせして申しあ訳ありません、佐伯様」担当の男は二十代中頃の色白で痩身のイケメンで、取って付けたような営業スマイルで剛志と里子を迎えた。「私、担当の井上と申します。今日はどの様なご要望でしょうか」
「五歳になる娘にジーニー・パッドを買おうと思いまして…」里子がちょっと頬を赤らめてイケメンに答えた。
「成る程、ご賢明なご判断ですね」佐伯は資料をデスクの上に広げながら甘い笑顔で里子に言った。
「小学校に入学する前に慣らせておきたいと思いまして……」里子の顔が少女のようになった。
「ごもっともな御判断ですよ」
「そんなに必要な物なんですかね」剛志はうんざりした顔で呟いた。
すると販売員は目の端をキラっと光らせ、背を伸ばした。
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「お客様のお気持ちはご察しします。井上は剛志の眼を正面から見据えた。「しかし、ジーニー・パッドは只の人形でもなければ、音声端末でもありません。これ自体が『本体』と言っても過言ではないのです」
井上はそう言うと、デスクの後ろに飾ってあった幼児型ジーニーのサンプルを取って腕に抱いた。
「ジーニーはお子様にとって、友達であり、妹であり姉であり、且つ教師であるのです」
そこで井上はデスクの後ろから、小学生低学年くらいの人形を取り出した。こちらはさっきの幼児型がほぼ人間の幼児と同サイズなのに比べ、ダウンサイズされていた。
「ジーニーは三歳向けから十五歳向けまで、各種ご用意してあり、お子様の精神年齢・自我性質などにより無料で機種変更します」
「つまり、その子と同年齢の人形を無料で交換してくれるんですね?」
「いえ、お子様とジーニーが同年齢とは限りません。母性を育てる必要があれば、お子様より低年齢のジーニーが、好奇心や向上心を育てるほうが適当なら上の年齢のジーニーが推奨されます。勿論、それは”本体”がお子様の言動やジェスチャーを判断して決定されます。この機能はGPSと共にお子様を犯罪などから守る機能が拡張されたものです」
「う~ん」剛志はよく分からなくて唸るばかりだった。
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販売員・井上によると、「ジーニー・パッド」とは次のような物だそうだ。
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ジーニーは母性を引き出す特性と、子供の好奇心や向上心を刺激してそれに応えるべく適切な情報を与えてくれる。
更に、単なる対話ソフトや検索ソフトというだけではなく、体の関節が全てモーターで稼働し、AIがそれを全て管理している。
会話するだけではなく、自動で動く人形だ。
また、子供が将来どういう女の子になりたいのか判断し、その指針にもなると言うのだ。
子供が憧れる人格を演じ、理想的な目標を演じてくれる。
子供はその「理想的な女の子」になることを目指して思考し行動するようになる。
子供が「将来の目標」が定まると、そこに至るまでの道程を歩くために「今何をしなければならないのか」と言う事を示してくれる。
着せ替えなども自己の理想像を作る一部として活用される。
幼児向けにはほぼ等身大なのに対して、小学生以上になると身長二十センチ弱になるのは携帯性に優れているためで、障害者用には等身大の介護機能付きのジーニーも用意されているという。
勿論、障害がなくても等身大や中型タイプに機種変することは可能だ。
ジーニー・パッドは授業をサポートしてくれるだけではなく、授業態度や作法なども教えてくれるので、学校でも導入を推奨しているらしい。
「あのぅ」剛志は低い声で井上に尋ねた。「男の子にもジーニーを与えた方がいいんですか?」
「はい、男のお子様にはジーアイ・パッドという男の子バージョンをご用意させて頂いております」
ニコニコ微笑む井上が座るカウンターの裏から身長十八センチのリカちゃん人形のようなジーニー・パッドとGIパッドがにじり登ってきた。
「よろしくね~」二人はまるで本物の人間のように剛志に手を振った。
小さな人形にもかかわらず、表情まで人間そっくりで、剛志はなんだか気味が悪くなった。
ジーニー・パッドの日々(未完) 相生薫 @kaz19
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