ハレルヤ×ハーモナイズ

文月イツキ

第一楽章 

五線譜に音符が乗る前に

飴玉一つ


 春の暖かな夜更け、道行く人影も数えるほどの終電一時間前。

 家からも学校からも離れた、見知った顔の無い見慣れた駅前の風景の中で私は、今日も今日とてギター一本携えて誰に向けてでもなく弾き語る。


 曲はオリジナルから有名アーティストのカバーまで。

 一年前から始めた路上での弾き語り。立ち止まる人影はまばら、立ち止まったとしても長くて数分。最後まで見物するような物好きはいない。


 心のどこかで分かっていた。

 私の歌に人を惹きつけるような魅力はない。

 きっと、歌で食っていくことはできない。



 そう、あの人が現れるまで、私はそう思っていた。



 あぁ、今日も来た。

 私が駅前のベンチに腰掛け、中古を更に使い古したエレキギターの準備をしていると駅とは反対方向から今日も彼女は現れた。

 四月の頭からふと気が付いたら彼女は私の正面に立っていて、耳を澄ましていた。

 名前は知らない。

 背は低く線が細い、暗めの茶色に染めた短めの髪。チャラチャラした染め方じゃなくて、大人っぽくて落ち着いてる感じ。血色がよくてそれでいて闇夜に映える白い肌。

 そして羨ましくなるほど大きくて丸い瞳。

 一言で表すならめちゃんこ可愛らしい。

 私みたいな、ただデカイだけの女とは正反対と言ってもなんら差し支えない。


 私は詩以外、自分の口から発さないから言葉を交すことはない。そして彼女も、まるで数いる客の一人のように振る舞い。弾き語りが終わると小さく拍手をし、特に意味もなく開けっ放しだったギターケースに見物料を入れて手をひらひらと振って終電に乗ってどこかの駅へと帰っていく。



 弾き語りを終え、名も知らぬ見物客の背中を見送った私はギターケースの中を覗き込む。


「今日ははちみつ味か……」


 ポツリとまるで袋から取りこぼしてしまったかのように一つ、小包装ののど飴がギターの居場所を占拠していた。

 単純に労いか、それともなんらかのメッセージか。彼女はいつも去り際にのど飴を置いていく。

 いつしか私は彼女のことを「アメさん」と内心で呼んでいた。

 別に晴れとか雨とは関係ないけど、この一月、ずっとこんなことが続いているし。


 まあ、ただ……のど飴一個じゃ、一生の食い扶持にはちょっと足りない。

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