第8話~セーバルの日記の8ページ~

 トモダチは、みんな、にっきをかいてる。

 だから、セーバルもにっきを、かくよ

 にっきがあれば、セーバルが、いなくなっても、セーバルが、おもったことが、のこるんだよ。すごいよね



 セーバルの日記はその言葉から始まった。

 文体こそ今のセーバルと変わりないが、その文字の拙さからこれが最近書かれたものではないことが窺える。インクもところどころ掠れかかっていて、日焼けした紙が柔らかさを失ったようにパリパリに乾いていた。

 ――セーバルが、いなくなっても、という一文に胸がざわつく。

 どうして彼女はこんなことを書いたのだろう。それもこんな最初のページで。

 日記にはまだ続きがあった。


 

 セーバル、みんなといっしょに、サーバルといっしょに、たびができて、たのしかった。ほんとうに、たのしかった。

 サーバルはやさしいから、きっとセーバルをたすけるために、いろんなこと、たくさん、たくさん、かんがえてくれたんだとおもう。そして、たくさん、たくさん、めいわくかけて、ごめんね。

 セーバルは、もういいから。

 これをなくしちゃったら、セーバルは、セーバルでいられなくなる。サーバルとも、トモダチじゃなくなる。

 だから、そうなっちゃうまえに、このにっきを、サーバルにあげるね。セーバルは、いつでも、このにっきのなかにいるから。セーバルが、セーバルでなくなっても、このにっきにかいたおもいでだけは、なくならない。きえない。えいえんに、のこりつづける。それが、■■■■■としてのセーバルができる、さいごのつとめ。

 もしつらくなったら、これをよんで、セーバルのこと、おもいだして。

 ばいばい、サーバル。

 サーバルと、セーバルは、“トモダチ”だよ。


 セーバルより



 言葉が出てこなかった。

 かばんは最初これがセーバルのつくった漫画か何かのおはなしだと思った。しかし、紙にこびりついた幾つもの茶色い水玉模様がこれが現実であることを物語っている。これは涙の痕だ。

 胸を巨大な何かで圧し潰されているような気になる。息が、苦しい。

 これじゃあ……。これじゃあまるで――。

「遺書みたいだ……」

 やっとのことで、喉から声が出た。

 セーバルに一体何があったのか――。

 次のページにかけた手がカタカタと震えていた。信じられない気持ちのまま指を動かすと、ページが飛び飛びになって捲れた。



 ~セーバルの日記 5ページ~


 きょうは、ホッカイチホーにある、おんせんに、やってきた。

 ほんとうは、ジョオウのめいれい、したがわないといけない。でも、ちょっとだけよりみち。

 このおんせん、なんかへん。あたま、ぼーっとする。

 サーバルたち、やってきた。


 イカナクテハ

 

 でも、もうちょっとだけ、このまま。ぐたー。




 ~セーバルの日記 7ページ~


 きょうは、みんなで、かいぞくごっこをしたよ。

 このこが、どこかから、かいぞくえいがのだいほんを、ひろってきたから、みんなでふねにのって、さいげんすることにしたの。セーバルは、キャプテン・セーバル。かっこいい、でしょ。

 でも、だいほんはみかんせいで、みんなこまってた。

 そしたら、サーバルたちが、セーバルのふねにのりこんできたの。

 カラカルに「なんでそんな事してんのよ!」って訊かれたから、セーバルは「“だいほん”に、あったから」って答えたよ。

 だって、そうでしょ?

 ワタシタチハ、カガヤキヲウバイ、サイゲンシツヅケルタメニ、ウマレタノダカラ

 それから、サーバルたちと、えいがをとったよ。

 かんとくは、マーゲイで、セーバルは、しゅじんこうサーバルの、しんゆうやく。

 キャプテン・サーバルはすごく、つよい、むてき。サーバルはセーバルの“トモダチ”。でもジョオウ……ノコエ……キコエル。しもべ、いうこときかない。いや、いやだ……!サーバルたち、きずつけたく、ない……!


 イカナクテハ


 イカナクテハ


 イカナクテハ……



 日記の中のセーバルは苦しんでいた。

 かつてトモダチだと呼んだサーバルと楽しげに遊んだり行動を共にする反面、繰り返し現れる“イカナクテハ”という言葉に異様な雰囲気を感じた。

 一体どこに行かなければならないというのだろう。それも行かないと、ではなく強い強迫観念を伴った行かなくては、という言い方からセーバルの拒絶にも似た嫌悪感が伝わってくる。

 義務という大義名分に塗り固められた意思はそれが偽りであるということに本人は気づけない。当然だ。自分はそれが正しいと思い込んでいるのだから。誤った自己暗示をかけているのと一緒だ。

 その間違いを、セーバルは気づかせてくれた。

 一人で背負い込む必要なんてない、と教えてくれた。

 そのセーバルがこんなふうに悩んでいるの見るのは辛かった。相当追い込まれていたに違いない。

 セーバルはずっと何かに囚われていた。

 そしてそれが何なのか、かばんはすぐに理解した。

「ジョオウ……」

 女王――。その名前がまだ頭の中で沈み込んでいかない。それどころか妙に浮いて見えた。

 女王蜂や女王蟻などで使われる女王という言葉。集団の中で最も力を持つ絶対的な存在――。

 しかし果たしてこのジャパリパークにそんな人物が存在するのだろうか。自分の私利私欲のためだけに誰かを操り、服従させようとする者が。

 いやいたのだ。現にいたからこそセーバルは悩み、苦しみ、そしてこの日記を書いてサーバルに託そうとした。

 そして次のページを捲ったかばんは、そこで大きく目を見開いた。



 セーバル、サーバルのトクベツからうまれた

 ジョオウに、とどけるために、うまれた

 だから、はやく、ジョオウのもとに、イカナクテハ

 でも、これをわたしたら、セーバルは、しょうめつする

 しょうめつするために、セーバルはうまれた?

 ――ちがう

 じゃあ、セーバルは、なんのためにうまれた?

 わからない わからない わからない

 

 

 ――セーバル、サーバルのトクベツからうまれた

 トクベツ――特別。頭の中で文字を変換しながらかばんは凄まじい衝撃に襲われていた。そして一歩遅れて猛烈な混乱がやってくる。

 セーバルがサーバルからうまれた?

 うまれる――生まれる、産まれる……。どちらもこの世に生を受ける、という意味。動物やヒトがどうやって繁栄し今日まで子孫を残してきたのかは、かばんもとしょかんで読んだ本でなんとなくは理解していた。

 ふとさっきセーバルから言われたお嫁さん、という言葉が頭をよぎる。しかしすぐに思い直す。同じ性別同士の者が、ましてやフレンズがフレンズを産むなど聞いたことがない。そもそも自分たちフレンズはサンドスターが生き物や生き物だったものに反応して誕生するのではないか。

 つまりセーバルは、フレンズじゃない――?

 頭の中でろっじで聞いたミライさんの言葉が蘇る。

 ――セルリアンは無機物と反応して生まれることがわかってきました。

 サーバルの特別が何なのかはわからない。しかし、もし仮に、サーバルの特別がモノや何かだったら――。

 やめよう、と自分に言い聞かせる。セーバルは友達じゃないか。どうして彼女のことを疑わなくてはいけないのか。勝手にセーバルの日記を覗き見ておいて変な想像をする自分が許せなかった。

 頭の中ではまだろっじでのやり取りがループしている。

 ――こういう話を知ってるかい? フレンズ型のセルリアン、ってのが昔いたらしいんだ。

 どうして今更こんな話を思い出すのだろう。

 彼女が何のフレンズか答えを聞いていないことが悔やまれた。あの時ちゃんと聞いておけば、という後悔がかばんの胸に重くのしかかる。

「――違う」

 セーバルはセルリアンなんかじゃない。

 そう思う。繰り返し、そう思おうとする。

 しかしここに来て様々な疑問がかばんの頭をもたげていた。

 まずセーバルはどうやってサンドスターを摂取しているのか、ということだ。

 フレンズはその性質上サンドスターの供給なしには生きられない。サンドスターが枯渇すれば自分たちはすぐに元の動物へと戻ってしまう。それを防ぐのがジャパリまんだ。ラッキービーストらが作るサンドスター入りのジャパリまんがあるから自分たちはこの姿を維持できている。

 セーバルはジャパリまんを食べずに長い間生活してきた。確かに一日や二日食事を疎かにしたところでフレンズ化が解除されるということはないだろうが、それが何週間、何ヶ月、或いはそれ以上続くともなるとかばんにもどうなるかわからない。しかし恐らくは消滅してしまうだろう。

 疑問はまだあった。

 先程浜辺でセルリアンに襲われそうになった時、セルリアンは近づいてくるセーバルではなくかばんに襲いかかった。彼らからしてみれば、自分からご馳走が歩いてくるのにそれを無視してわざわざ遠くの獲物を狙ったりするだろうか。明らかにあのセルリアンにはかばんを襲おうという意思が感じられた。

 セーバルはあの時何かひとり言を言っていた。そしてそれが言い終わったと同時に、セルリアンは真っ直ぐこちらに向かってきた。まるでセーバルにそう命令されたかのように――。

 そしてこの島にフレンズがいない理由。彼女がセルリアンと結託し島中のフレンズを食べ尽くしてしまったのだとしたら……。

 際限のない嫌な妄想がかばんの頭の中をいっぱいに満たす。それは一度湧き出た泉のように、もはや止めることができなかった。

 もし――。もし本当にセーバルがセルリアンだとしたら自分はどうすればいいのだろう。

 正直に言うと、わからなかった。

 この島に来てからわからないことだらけだ。そしてそのすべてを、セーバルはかばんにもわかるように教えてくれた。知ることの楽しさを、この世界の広さを教えてくれた。強くて、優しくて、頼りになって、でもちょっぴりドジなセーバル。

 幼さの残る彼女の文字を見ていると針のむしろに座らされている気持ちになる。

 どうしてこんなもの見てしまったのか。交換日記とまったく同じ見た目だったから開くまで気がつかなかったといえば嘘になる。しかし、あの時すぐに気づいてこれを元あった場所に戻しておけば……。それだけで、この場では何も起きなかったし、何も見なかったことになったのに――。この先を知りたいという気持ちと見てはいけないという矛盾した思いとが、綯い交ぜになって胸に押し寄せ、結果かばんはその誘惑に負けた。きっとこれはその罰なのだ。

 眩暈めまいがして思わず目の前の日記から目を背ける。かばんの意識がそこでようやく、後ろに立つ何者かの気配を察知した。

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