第5話 宿命の血

 短剣が手に刺さろうとしたその時、私の体から影のような物が溢れてディアスの体を宙に飛ばした。

 自分でも何が起こったのかは分からない。足の怪我も治っているようなので再びディアスと対峙する。


「ふぅん……やっと本性を表したか……」


 ディアスはさっきのように攻撃を仕掛けてきた…が、蛇腹剣の攻撃をかわし、跳ね返すのはさほど難しくはなくなっていた。


「今度は私の番よ。」


 私は逆に攻撃をしてみようと試みる。


「流石に強いな…」


 私の刀と、ディアスの蛇腹剣がぶつかり合う毎にディアスを追い詰めていく。蛇腹剣を横に弾き飛ばした隙を付いて、私はディアスの頭を狙って剣を振り上げた。


 しかしその時、私は全身に貫くような痛みを感じた。一度距離を取り再び攻撃を仕掛けようとすると、今度はバランスを崩して倒れ込んでしまった。


「…ハァ…何で……よ……」


 全身の痛みを堪えて、立ち上がろうとするが力が入らない。ただ出来るのは口から血を流しながら手足をばたつかせる事だけだった。


「大人しくしてろ。お前からは後で聞きたい事があるのでね。」


 倒れている私の横腹を蹴り飛ばした後、ディアスは部下に私を運ばせた。近くの馬車に積まれると、だんだん意識が遠のいていった。



 目を覚ますと、私は牢屋の中で寝転がっていた。


「さて、お前にはやって欲しい事がある。」


 ディアスが牢の中にいる私に話しかけてきた。


「お前、魔剣を使う事が出来るらしいな。」


 確かに今私が使っている妖刀・黒百合は魔剣で、お兄ちゃんを含めた誰も使う事が出来ない武器だ。


「そうよ。それがどうしたのかしら?」


 ディアスは、鞘に入った刀を取り出した。


「こいつを使って、魂狩りをしてもらおうかと思ってな。人魂があれば俺達の欲しい物が得られるんだが、生憎誰も魔剣を使う事は出来なくてね。」

「それ……村正じゃないの!?そんな物を何処で!?」


 村正といえば、人魂を刈り取る刀として帝国が管理しているハズだ。こんなならず者の手に渡っているなんて有り得ない事だ。


「でもとにかく、私は関係の無い人達を殺すなんて出来ないわ!!」

「あっ、そうか。仕方ねぇな。」


 ディアスは何かの詠唱を始めた。2分くらいしてそれが終わると、私はひとりでに、牢の中にあった短剣を手に取っていた。


「何よ……どういう事!?」

「あぁ、お前の体を操作しているのさ。」


 ディアスが牢を開けると、私は勝手に牢を出た。ディアスに短剣で襲い掛かろうとするが、体が上手く動かない。

 ディアスはそれを見てニヤリと笑った。私の歩みは止まらない。気付けば私は、拘束されたお兄ちゃんの前にいた。


「亜燐…生きてて良かった……」


 私はこの時、恐怖心でいっぱいだった。ディアスが次にやろうとしている事が分かったからだ。


「お前が決断を遅らせれば……お前の兄さんの命は無いぜ。」


 私はお兄ちゃんに向けて歩いて、お兄ちゃんの首元に短剣を突き出してしていた。


「俺の事は気にするな…アイツの言う事を飲んじゃダメだ…!!」


 お兄ちゃんは私の目をしっかりと見てそう言った。短剣の先は既にお兄ちゃんの首に当たって、血が流れている。


「分かった!!もう止めてよ!!魂狩り…やるから……」

「チッ…面倒だから初めからそう言えよ。」


 そう言うと、ディアスは私にかけた魔術を解いた。私はお兄ちゃんから離れて短剣を地面に置くと、腰を抜かしてしゃがみ込んでしまった。


「作戦は今夜から5回行う。準備しろ。翌朝までに帰って来られなかったなら、兄の命は無いと思え。でも、それを終えれば解放する事も考えてやる。」


 まくし立てるように言われ、私は泣きそうになっていた。



 私はディアスに引っ張られるように夜の街に繰り出した。そして、言われた通りに歓楽街で酔った男を探すと路地裏に連れ出して胸を村正で突き刺した。


「……があっ……」


 そのわずかな声を最後に、男は一切動かなくなった。そして事切れた男の顔を見て、私はゾッとした。さっきまで死を覚悟せず普通に生きていた人を一瞬で殺してしまったという事実を受け入れるなんて事は出来なかった。私はすぐにその場から逃げて、人混みに紛れて隠れ家まで帰った。


「1人殺ったか?じゃあ、この瓶を村正の先で軽く叩け。それで、人魂を一つ確保した事になる。」


 言われた通りにすると、透明だった瓶はどす黒い赤に染まった。



 翌日も、さらに翌日も、街に繰り出しては殺すを繰り返した。そして4日後…私は言われた通り5回の魂狩りを終えた。

 帰る途中、いつになくうるさいコウモリの声を聞きながら隠れ家に戻った。


「アイツを捕まえろ!!」


 扉を開けた瞬間、どこからかディアスの声がした。私はすぐに取り囲まれて拘束されてしまった。


「私を騙したのね……!!!」

「初めからお前を生きて返す気なんて無かったんだよ。俺の部下が殺されてるんだし、当たり前だよなぁ?」


ディアスは自分の蛇腹剣をしゃらりと鳴らしながら、こちらを見ている。



 その時、コウモリの群れが私達の頭上から降りてきた。気付けば周りにいた構成員は気を失って倒れていた。


「誰の差し金だ?」


 ディアスがそう言うと、コウモリの群れが集まって人の形になった。


「帝都兵団隊長のエリーゼ・スカーレットよ。久しぶりね、ディアス。」


 私はすぐにエリーゼという女性に投降した。


「あら、あなたはあっち側じゃないのかしら?まぁ良いわ。事情は後でたっぷり聞くとしましょう。」

「ちぃっ……お前ら、やっちまえ!!」


 ディアスの合図で、隠れていた構成員が小屋から出てきた。


「蹂躙せよ…傀儡の刃よ!!」


 そう言って彼女は剣を横に振ると、大量の剣を召喚し、発射する。それらは構成員達の足に命中し、彼等を一瞬で無力化した。


「ウザってぇ…さっさと失せやがれ!!」


 ディアスは蛇腹剣で攻撃を弾きながらエリーゼに近づいていく。


「待機中の全隊員に次ぐ!私はディアスを相手する。その間に小屋の中をくまなく調べてちょうだい!!」


 林に隠れていた兵士達が小屋に向けて突撃した。それを止めようとするディアスに、エリーゼは周りに落ちている剣を瞬時に引き寄せてディアスへの攻撃を試みる。

 ディアスはそれをかわすと不敵な笑みを浮かべた。


「ここに長居する理由はねぇな。あばよ、エリーゼ。」


 ディアスは懐から黄水晶を取り出しそれを地面に投げると、どこかに消えてしまった。


「また逃げ出したわね…あ、そうだ。あなたの名前は?」


 エリーゼが私に話しかけてきた。


黒嶺亜燐くろみねありん…と言います。」

「そう…しばらく兵団本部に来てくれるかしら?」


 また、私は囚われの身となってしまうようだ。でも、私にはどんな扱いを受けようとお兄ちゃんの為に行動しようと心に決めた。

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