第4話 炎に揺らめく殺意
――それから少し後、帝国の別の場所で――
もうすぐ北州の剣術大会があったので、私は剣の練習をしていた
「亜燐。上体に力が入り過ぎだ。」
それを見て、お兄ちゃんが声をかけてきた。
「分かった。気を付けるよ。」
少し考えて、私はお兄ちゃんに練習の手伝いをお願いをしてみる事にした。
「そうだ!1回気分を変えたいから実戦練習に付き合ってくれる?」
「良いよ。今は暇だし。」
そう言うと、お兄ちゃんは長い木刀を取り出した。私も2本の木刀を取り出し、お兄ちゃんの前に立つ。
「お前が先に来い。」
私はお兄ちゃんの懐に飛び込み、2本の剣で挟み込むように攻撃を繰り出した。
「
腕を交差させて丸腰の私にお兄ちゃんは首の横に突きを繰り出そうとしているのが分かった。私は右に滑り込み、左下から右上への逆袈裟で応える。
「なるほどね。」
気付けばお兄ちゃんの木刀は私の肩の上にあった。
「腕に差があれば手数で押し切れるかもしれない。だけど、そうじゃなかったらいつかはパターンを見つけられてしまう。相手の様子を伺うのも大切だ。攻めなきゃやられるって気持ちが先行し過ぎてる。」
やっぱり余裕の無さを見抜かれていた。お兄ちゃんは私の事を本当によく見ている。
「焦っちゃうの、悪い癖だなぁ……」
「大丈夫だ。慣れてきたらそのうち相手を見る余裕も出てくる。それまで何回でも俺は相手してやるよ。」
早く強くなりたいと、自分を追い込み過ぎていた私は、その言葉が嬉しくてお兄ちゃんに抱きついた。
「ありがとう、お兄ちゃん。」
木刀を片付けて部屋に戻ると、父さんが朝の見回りから帰って来た。
「お帰り、父さん。」
「倫、ただいま。今日は1日、この商人を泊める事になったよ。」
父さんに連れられて頭巾を被った青年が玄関に入って来た。
「今日は、よろしくお願いします。」
私達に丁寧にお辞儀をすると、彼は父さんに連れられて今は誰も使っていない離れへと歩いて行った。
みんなの朝食を用意する為に台所で野菜を切っていると、練習の疲れからか目眩がした。立っていられない程では無いが、休もうと椅子に腰掛けていると、お兄ちゃんが話しかけてきた。
「大丈夫か、亜燐。ちょっと顔色が良くないみたいだけど……。」
「大丈夫…ちょっと疲れちゃっただけよ。」
お兄ちゃんはもうすぐ近衛騎士の最終面接を控えている。あまり迷惑はかけたくないので、目眩の事は黙っておいた。
「剣術大会も控えてるんだ。お前はゆっくり休んでてくれ。料理は俺が作る。」
頭を撫でながら、お兄ちゃんは私にそう言ってくれた。その言葉に甘えて、自分の部屋で朝食を待つ事にした。
そしてベッドに寝転がりながら、頭の中で自分が剣術大会で戦っているイメージをする。思った以上に体を動かすのがしんどいので、せめて出来る事をしてみる。
しばらく待っていると、部屋の外で異様な叫び声が聞こえた。外を見ると、宿が燃やされて二人の男が武器を持って村娘の前に立ちはだかっている。
私は自らの剣、妖刀・黒百合を2本持ち窓から外に飛び出した。
「おい!もう1人可愛い子がいるぜ!」
男達は武器をこちらに構えた。私は一番近くの男に駆け寄り、斧を振り上げた隙を付いて右の剣で腹を一突きした。
倒れた男を見つめ、もう1人が怯んでいる隙を突いて胴を両方の剣で切り裂く。村娘は、端で上の服を剥がれてうずくまっている。
「怪我は無い?」
私が声をかけると、彼女は小さく縦に首を振った。私は持っていた上着を彼女に着せて、村の外に向かおうとした。するとお兄ちゃんの声がした。
「血が付いてるけど、大丈夫か?」
「私に怪我は無いわ。それよりこの子……」
「あぁ、俺は奴らを倒してくる…お前はその
子と逃げてくれ。地下壕で合流しよう。」
火のついた宿に向かって、お兄ちゃんは走り始めた。私は街の外に村娘を連れて走っていく。
しばらく走り村の外に出ると、地下壕に着いた。私は少し迷ってから、地下壕にいる人達に言った。
「まだ村に残されている人もいるから、私はもう一度村に行くわ。大丈夫。すぐに戻ってくる。」
お兄ちゃんに加勢しなければ……その気持ちが、私を村へと向かわせた。村に戻り、襲撃の一番激しかった宿の近くに付いた時、私は思わず足を止めた。
お兄ちゃんが男達に捕まっていたのだ。その中の頭巾を被った男が口を開いた。よく見ると、父さんが連れてきた商人だ。
「言ったろ?こいつは待ってりゃ絶対来るってさぁ。」
「アンタ…私達を騙したのね……お兄ちゃんを返して!!」
私はこの男に、これまでに感じた事の無い怒りを覚えた。
「逃げろ…亜燐!!お前が勝てる相手じゃない!!」
「そうか……アリンか。優しいお兄ちゃんはお前を思って言おうとしないが、お前の父さんは俺が殺したんだ。」
にわかには信じられなかった…でもお兄ちゃんの悲愴の顔は、それが事実である事を物語っていた。私は悲しみと同時に、最早怒りとは呼べない…明確な殺意と呼べるものが芽生えた。
「へぇ…良いねその顔。唆るねぇ。俺はディアス・ハイドリヒ。
私は二本の剣の柄に手をやり、抜刀する。お兄ちゃんの制止する声が聞こえたが、もう私は止まらない。剣に氷の力を纏わせ、ディアスに目がけて冷気を浴びせる。
「ふん…この程度で俺を止められると思ったか?」
白い霧の向こうからディアスが走ってくる。そして、蛇腹剣のリーチの長い連続攻撃で私に襲いかかる。
「くうっ……!!!」
反応するだけでも精一杯で、気付けば私は縦横無尽に飛び交う刃に対して防戦一方になっていた。疲れが溜まって、どんどん反応も鈍くなってくるが、ディアスが攻撃を止める事はない。
ついには、足に攻撃を受けて転倒してしまった。傷を見ると、吹き出すように血が出てきている。
「もう終わりみたいだな。じゃあ、俺の所に来てもらおうか。」
ディアスは邪悪に笑いながら短剣に何かを塗る。そして私にのしかかって腕を持つと、その短剣を突き刺そうと持ち直した。
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