第3話 消える明星
その夜…街に戻った僕達は、街の酒場で行われている後の祭り、という名目のただの打ち上げに行った。
正直僕としては参加してもしなくても良いのだが、ミリアが参加したがっていたので、それならそれで良いかなと思った。
「ねぇねぇ、ハンナぁ!いつになったら乾杯?」
「報酬の分配の会議の後だから、まだもうちょっと後だと思うよ。今日はあんまり飲みすぎないでよね。」
いつもミリアは記憶が無くなるまで飲むので、気が気ではない。
「良いじゃん、せっかくなんだしぃ……」
「だーめ。ちょっとは体を労って。」
あれこれ話していると、僕の肩を誰かが軽く叩いてきた。
「あの、ハンナさん。お時間よろしいでしょうか?」
「あぁ、レミントンさん。ミリア、ちょっと待っててね。」
本名をクラリッサ・レミントンといい、帝国軍に所属する魔術師だ。僕の銃杖のカスタムや補助パーツを今後の軍備の参考にしたいらしく、色々な取引を持ちかけてくる。
レミントンさんとは今日の討伐祭の事、僕のスコープの為のレンズを作ってくれている事、僕が銃杖に施している出力強化の為のカスタムの事についてしばらく話をした。
その時、ミリアが何か大きな声で叫んでいるのが聞こえた。いつもの喧嘩かと最初は思ったが、聞いていると何やら様子がおかしい。
「今、私に何をしようとした!?言ってみろよ!!」
よく見ると喧嘩している相手の黒いローブの人物は、ナイフを手にしている。それも、毒で錆びない金属である藍色鉄のナイフだ。普通の戦士がこんな武器を持っているとは思えない。店の中がだんだん騒がしくなってきた。
黒いローブは、狭い店の中でミリアに目掛けて突進した。他の狩人も彼を止めようと駆け寄ったが、あっという間に追い返されてしまった。その動きには全く無駄が無く、人と戦う為に最適化されているようにも見えた。
「止めろっ!!」
私も、意を決して雷を帯びた杖を片手に黒いローブを止めようとした。しかし黒いローブは私には目もくれず、ミリアに近付くと、カットラスでの防御を蹴りで崩してナイフをミリアの肩に突き刺した。
その瞬間、ミリアは意識を失って倒れた。私が追い付く頃には黒いローブは窓を破り、ミリアを抱えて夜の都に消えていった。
僕は、都のあちこちを探しに夜の町へ出かけた。せめて生きていて欲しい。その思いで二時間も三時間も探し続けた。
探し始めた時はまだ薄明かりもあったが、もう辺りは完全に暗くなり、太い道でも人はまばらだった。
横道をくまなく探し、そこにいたのはぐったりしてしゃがみ込むミリアだった
「大丈夫!?」
肩を揺らすと、その体は力無く横に倒れてしまった。顔を見ると口から血を流していて生気は無く、胸には剣を突き刺したような深い刺傷があった。
「……ねぇ………しっかりして…!!」
ミリアの血で濡れた手で必死に揺さぶって呼びかけてもミリアには届かなかった。抱きしめてくれる事も声を出すこともなく、ただ何処でもない所を見つめている。僕は気付けばどうする事も出来ずに泣き叫んでいた。
それから暫くの記憶は今の僕には残っていない。ただ分かることは、その間に僕はこの銃杖の先に刃を付けて、元々住んでいた小さな家を売却し、1人で旅を始めた事だ。
それからしばらくして、僕は帝国の西州にあるオアシスにいた。
辺境の交易路の近くで暴れるアシュラハンミョウという巨大昆虫を討伐する為に、珍しく現地にいた狩人と手を組む事になった。壮年の槍使いの男、そして女の子の格闘家だ。
「ハンナだったかな。ヤツが来たら俺に合図しろ。俺が攻撃して気を引きつける。」
そう言うと槍使いは僕から少し離れたアカシアの後ろで待機し始めた。
「ねー。私は何すりゃ良い?」
「君は後ろから来ないか見張ってて。」
格闘家に少し目線を送り、また遠くの方を見回した。一瞬見えた可愛らしい格闘家の姿が、目に焼き付いていた。
「来たよ。あそこ。」
ようやくオアシスの近くに、ハンミョウの姿を捉える事が出来た。大きな顎を持った頭部はいかにも強力そうだ。
「行くか?」
「いや、あとちょっと近付いたら……」
甲殻を破壊し、そこに魔弾を撃ち込まなければならないので、確実に当てたいのだ。
思惑通り、ハンミョウは水を飲みにこのオアシスに近づいて来た。
「よし!今だ!」
槍使いは槍を突き出して突撃した。それをハンミョウは後ろに飛んでかわした。
「気をつけろオッサン!!」
格闘家の言う通り、ハンミョウは向き直ると槍使いに飛びかかり、その牙を突き立てた。
「これくらい……どうって事ァねぇよ!!」
槍使いは巨大な盾でそれを防いでいる。
「じゃ…私の一撃、お見舞いしてやるかね!てやぁぁああ!!」
格闘家が飛び上がり、右足に全体重をかけて蹴りを繰り出した。その一撃で、ハンミョウの頭部の甲殻にヒビが入った。
「いける!!」
僕は甲殻のヒビに照準を合わせて銃杖のトリガーを引く。火薬が炸裂する轟音と共に、ハンミョウの片顎が吹き飛んだのが見えた。
これだけのダメージを与えれば、もう倒したも同然だ。
「ふっ……やるじゃねぇか。」
槍使いは髭の生えた頬に手を当てながらニヤリと笑った。
「さ、帰って報酬貰いに行きましょ!」
格闘家が僕達に声をかけた。僕は、この格闘家に好意と呼べるものを感じているのが分かったが、それは出すまいと必死にひた隠した。
兵団にハンミョウを討伐した事を報告し、報酬をもらった僕達は、最後の思い出にと酒場に行く事にした。
「いやぁしっかし、魔弾にあんな威力があるとはなぁ……」
酔った槍使いは上機嫌で今日の事を語り始めた。だが、格闘家は何故か不服そうな顔だ。
「ねぇ、何かあるなら…言ってくれない?」
僕がそう言うと、格闘家は目を見開いて言い放ったた。
「あんた…帰る時から私の事ずっと見てるけど、なんなの?あれだけの活躍じゃダメだった?」
僕ははっとした。自分では全く無意識のうちに、あるいは本能的に、彼女を見てしまっていたようだった。
「気分を害したって事なら謝るよ。君が居なきゃ…今回の狩りは出来なかった。だから…感謝してるよ。」
「じゃあ、あの目線は何なの?」
一目惚れしてしまった…なんて言えない。僕は黙り込むしか無かった。自然と涙が込み上げて来た。
「おいおい……お前も謝れよ。」
槍使いが慰めようとしているのが聞こえた。
「でも…はぁ…もうこんなの知らない。」
気を悪くした格闘家は不貞腐れたように言った。
格闘家の怒りに似た困惑は仕方ない事だろう。恐らく、同性からあんな見られ方をされたのは初めてなのだ。
警戒を感じても無理はない。こんな自分の好みが無ければ…そんな気持ちが込み上げて来るのを感じた。
僕は、さっき手に入れた報酬金の半分を机の上に置き、逃げるように店を飛び出した。
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