第1話 砂上の宴~序曲

 僕は帝都で暮らしている狩人だ。女の子同士で付き合っているという以外は、気まぐれに狩りに出かけ、獲物を売り、至って没個性な生活をしている。

 

 遅くまで賑わう帝都が寝静まる頃、僕達ふたりは家のベッドの上に裸で寝転がっていた。 付き合っていて同棲もしているミリアは、週に一回くらい僕との夜の営みを求めるのだ。

 僕から誘う勇気はあんまり無いが、これが僕の楽しみになっていたのは間違いない。


「まだ、続けたい?」


 僕の両側のシーツをつかみ、うつむき加減で肩で息をした後でミリアは小さく呟いた。僕の肌の上を舞い踊る美しい金髪が月明かりに照らされた。

 どのくらいの間、彼女に体を委ねそれに応じるように声を漏らしていたか…それはもはや分からない。


「…んっ…ちょっと…休みたいかな…はぁ…」


 快感から吹き出す声が混ざりながらそう言うと、ミリアは僕の横で布団にくるまった。僕はそれをじっと見つめる。


「ねぇ、どうしたの?」


 息を落ち着けると、僕はミリアに話しかけた。


「思い返してみれば、君と逢えたのは、奇跡みたいだよね。」



 ミリアの顔と布団の上から見える彼女の体の輪郭を見て、ふと僕はそんな事を口にした。

こんな仕事で同業者の女の子と出会い、旅をして、しかもお互いが愛し合える存在になれるなんて、昔から男の子を好きになれない僕は考えてもいなかった。


「それじゃあ分かんないよ。」


 ミリアはきょとんとしている。僕はとっさに、


「いや、なんでもないよ。」


と返した。とたんに恥ずかしさがこみ上げてきたのを必死に隠す。


「あれ、ハンナ?まさか恥ずかしくなっちゃった?」


 どうやらミリアはお見通しのようだ。


「そんな事ない!」


 そう言いながら僕は照れを隠すように、ミリアの上に覆い被さってキスをした………


翌朝


 朝の優しい日差しを浴びて先に目覚めた僕は、昨日買ってきた食材で質素な料理を作る。

クラムチャウダーがそろそろ出来上がりそうなタイミングで、ミリアの頬をつついて起こした。


「ふわぁ…」


 ミリアは薄目を開けてこちらを見ている。


「ほら、今日は討伐祭だよ。ちょっと寝坊しちゃってるし、早く朝ごはん食べて行かないと。」


 今僕達のいる帝都は、大砂漠からやってくる巨大生物-ヨルムンガンドの襲撃から防ぐ為に作られた防衛都市だ。

 ヨルムンガンドの素材は強度や呪力に優れている為に非常に有用で、いつしか武具や魔術のギルドが集まってきた。そして、ヨルムンガンドは毎年決まった日にやってきて【討伐祭】で倒される。


「そっか…よいしょ……」


 ミリアが気だるそうに体を起こすのを僕は急かした。そして急いで朝食をとり、武器を携え、朝の帝都に繰り出した。

 討伐祭での持ち場は早い者勝ちなので、戦果を上げて報酬をもらうには早い時間に兵団本部に行くしかない。


 しばらく歩いてひときわ高い城壁に寄り添うようにして建っている兵団本部に到着した。受付に許可証を見せると、


「あなた達で15人目です…応援してますよ。頑張ってきて下さいね!」


と、愛想良く送り出してくれた。ゆっくりと兵団本部の中を通って城壁の外に出ようとすると、ミリアが僕の肩を軽く叩いた。


「早く付いて良かったね。」



 ギリギリまで寝ていた人が何か言っている。


「僕のお陰でしょ。」


 そう言うとミリアは少し残念そうな顔をして、青い綺麗な二つの目で僕を見つめた。


「そんな顔したってダメ。」


そう言って僕はミリアに背を向けた。



 城壁の外には木で組まれた階段状のステージがあり、砂漠からやってくるヨルムンガンドに対して効率良く遠距離攻撃を叩きこめるようになっている。


 遠くには大きな砂嵐と空を舞う8頭程の飛竜が見える。恐らく、僕達の射程に来るまでにヨルムンガンドを弱らせる為に先陣を切った竜騎兵ドラグーン達だろう。

いつも通りなら正午の鐘が鳴る頃に櫓からの魔法や弓での攻撃が始まるので、それまでにナイフで魔弾にルーンを刻んでおく。


「ガンナーって、詠唱だのルーンだの機巧だの覚えなきゃで大変だねぇ…」


暇をもて余したミリアが僕に絡んできた。


「まぁ、確かに他の武器と比べて管理は大変だけどロマンがあって良いじゃん。」


 もっと言うなら僕の持つ武器である銃杖は連続では撃てないので、近接職の相棒がいるのは必須条件だ。

 だが攻撃の正確さ、貫通力において右に出る職は無い為、一発一発で与えるダメージは非常に大きい。


「ふーん…」


 ミリアが暇そうにしている間に、多くの狩人や傭兵が集まってきて準備を始めている。


「ミリアも武器のチェックしておいたら?」


 ミリアの使う武器はカットラス。大和刀程ではないが切れ味に優れ、狩人の近接職が持つ武器として最近流行しているそうだ。


「はーい。」


 ミリアは乾いた布で剣を拭いた後、少しのオリーブオイルを布に染み込ませて慎重に塗り初めた。


 異様な唸り声を聞き、ふと砂漠を見ると砂嵐がさっきより激しくなっていた。そして、砂嵐に目を凝らすとその中で黄土色をした大蛇の体がのたうっているのが分かった。


 後ろからはラッパの音が聞こえた。

いよいよ討伐祭のメインイベントが始まる。

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