第六章

第六章 -1

 竜の小屋でうたた寝をしたことはあったが、そこで竜と共に食事をし、一晩を過ごすのは初めてだった。

 二頭の竜は悪臭を放ち続けている。

 ヴィートトク邸でそうだったように飼い葉を食べる二頭のそばで、リージャはぬるいスープとパンを与えられた。恐怖と、困惑と、臭気のせいで、ひどく食欲がなかったが、必死に腹の中へ押し込んだ。

 子竜に対して雛竜は比較的元気らしく、リージャの食べ物にも興味を示していた。その間にも必ず何者かが檻の外に立ち、リージャと竜を見張っているようだった。

 やがて夜が来て、リージャは藁に身を沈めて目を閉じた。

 鼻腔を刺激し続ける竜たちの気配は、自然と、南の島での記憶をリージャの意識にたぐり寄せる。陰鬱で胸の押しつぶされるような感情が体の底からせり上がってきそうだった。

 その一方で、自分はあのころとは違う、大陸にいるのだ、という意識もまた、存在していた。

 かつてただ理不尽で逃れようのない暴力の日々に耐え抜いていた頃、リージャは「考える」という行為を意識して放棄していた。だが今、暗がりの中に一人でいると、意図したわけでもないのにあらゆる疑問や考えが自分の中に浮かんでは消えた。それは、ヴィートトクの屋敷にいた三年間でいつの間にか身についてしまった習性だった。

 何故自分はここにいるのか。

 何故竜もここにいるのか。

 そもそもここはどこで、リージャの頬を張った男たちは何者なのか。

 彼らはリージャに何を求め、それによって、何をしようとしているのか。

 それが上手く行ったら、イルヴィルにどんな影響があるのか――

 その疑問が浮かんだところで、リージャは深く気分が沈んだ。

 竜に関わるなと言われたが、関わるどころか、狭い檻の中で一緒に寝ている。

 だからきっと、イルヴィルなら「おまえが考えなくてもよい」と言うだろうと思われる疑問も、胸の内に浮かんだ。

 ずっと自分を悩ませている、竜の臭気のことだ。

 何故、一度はほとんど消え去ったと思われた、竜の不快臭が、ここではこんなに強烈に放たれているのだろう。臭気がなくなったことは、イルヴィルが都で期待されている仕事の後押しになるかもしれないと、アンドゥールは言っていた。だが、これでは逆戻りである。

 考えたところで、リージャに答えを導き出せはしなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る