イルヴィル -6
「お痩せになられたのではなくて?」
夕食会で隣に座った女性は、まだどこか幼さの残る笑顔を浮かべ、イルヴィルにそう問いかけた。イルヴィルは一瞬言葉に詰まり、わずかに視線をさまよわせる。
王室の遠戚にあたるボロウネールという一族の、フランティカという名の娘だった。今年二十歳になる。第二王子のヒュアリウスの元に近々輿入れするのではないかという噂が都では流れていた。
現王即位の式典に出席するため都に滞在している間、イルヴィルは方々の貴族の家に誘われた。これまでも都に来ればヴィートトク家の付き合いでそうした機会も少なくなかったが、今回は明らかに頻度が高い。竜事業について、人々の関心が高まっているのは明らかだった。
席次をあらかじめ聞かされていた。話題に困らぬようにあらかじめこの女性の経歴や近況については頭に入れてきた。だがこの言葉は完全に予想の範疇を越えていた。実質的に初対面だと思っていた。
「あら、ごめんなさい、前から存じ上げてるみたいな言い方をして」
すかさずそう言ったフランティカに、イルヴィルは自分の動揺を見抜かれたことを悟った。フランティカの表情は穏やかで裏のない笑みに見えた。無邪気で裏のない女性だという評判を聞いていた。
「三年ほど前かしら、テイランドさまの別邸でのパーティーで、お見かけしましたの。イルヴィルさまは、若い女性の間でよく話題になっていたんですよ。それからしばらくして、南の島へ旅立たれたと聞いたから、がっかりした方が多かったぐらい」
「お戯れを」
「いやだわ、そんなに畏まらないでくださる? 南の島や竜のお話を聞きたいわ。ヒュアリウス殿下も前までよくお話してくださったのに、最近あまり聞かせてくださらないの」
イルヴィルは曖昧に頷いた。社交場で女性と関わる機会を避けていたせいもあるが、女性にこのように面と向かって興味を示されたのは初めてだった。近頃になって竜について尋ねてくる男性は、政治的な理由で探りを入れてくる者ばかりだ。
「私も竜に関わったのは島に滞在した一年ばかりですし、多頭を飼育されている殿下の方がお詳しいでしょう」
「いつも自慢げに話されていましたわ。イルヴィルさまの連れられた最初の二頭より立派に育っているって」
「さようでございますか」
イルヴィルが今年南の島から連れて帰った幼竜五頭と数個の卵は、ヒュアリウスが管理していた。当初はこれまで通りイルヴィルの邸宅に連れ帰り、これまでの二頭と共に飼育するはずであったのが、突然預かりたいと言い出したヒュアリウスがそのまま都に留めおいたのだった。その後、ヒュアリウスがどのように竜たちを扱っているのか、イルヴィルは知らない。島やイルヴィル宅で竜を飼育していた条件は知らせたが、事細かにヒュアリウス側から情報を要求されたことは一度もなかった。
「式典ではイルヴィルさまのお育てになった竜も拝見できるのでしょう? 楽しみですわ」
「我が家で育てている幼竜は、体が弱いもので……無事に連れて参れるか」
「あら、だめですよ、絶対に連れてきて下さらなきゃ。みんな楽しみにしているんですから。特に、イルヴィルさまのお宅で卵から孵ったという雛竜は、是非とも拝見したいわ。この大陸で初めて産まれた竜でしょう? ヒュアリウス殿下のご自慢の竜たちとは違う。特別よ。陛下が竜事業に力をお入れになった、きっかけでもあるのだし」
イルヴィルは曖昧に微笑し、頷いた。フランティカの口調や様子に、狡猾さや悪意のようなものが隠されているようには感じられなかった。イルヴィルは自分がそういったものに特別疎い人間だとは思っていなかった。フランティカは前評判通り年相応に若く無邪気な女性であるようだった。
「陛下もご所望ですし、できうる限り、ご期待に添えられればとは思っております」
「楽しみだわ!」
イルヴィルは邸宅で今頃眠りについている頃であろう、二頭の幼い竜について考える。島で、自宅で、四年近く触れ合ってきた生き物は、それでもイルヴィルにとって未知であり畏怖の対象であったが、その一方で、人間の都合であちこちに連れ回され衆目に晒されることを思うと、名状しがたい哀れさのようなものを覚えた。
夕食会が終わり人々がホールに集まると、いよいよイルヴィルの周りに人が集まるようになった。皆言外に、あるいは直接的な表現で、竜について聞きたがった。南の島について。竜事業の状況や、展望について。先代の王の構想であった、竜の騎兵利用はどれぐらい現実的であるのか――
曖昧に濁し逃れようとしている中、屋敷の執事がイルヴィルにそっと声をかけた。
「早馬でございます」
席を外し、誰にも見られないように注意を払い、手渡された紙をそっと開く。見慣れた、アンドゥールの文字が目に飛び込んだ。筆跡に多少の乱れがある気がした。
イルヴィルの邸宅では、竜を式典の日程に併せて輸送する、準備を整えているはずであった。
それが。
「竜が、いなくなった……?」
イルヴィルは目を見開いた。
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