第一章 -6

 リージャはその次の日も、そのまた次の日も、石を並べた。皆にこの行為を知られてしまった今、突然石を並べるのを止めてしまったらまた話題になってしまうし、結局のところ、日数がわからなくなってしまうのが不安だった。しかし、陰鬱な気持ちは続いた。十七個、固まって並んだ大小様々な石を見つめると、いたたまれない気分になるのだった。リージャは羞恥という感情の定義を知らなかったし経験もなかった。ただ無性に居心地の悪い気持ちになるのだった。黙って立ち尽くすリージャの隣で、雛が首を傾げながら、きゅう、と鳴いた。その声にリージャは我に返った。小屋の周辺を歩くようになってから、この雛はそれを楽しみにしているようだった。子竜の方はと言えば、雛のように感情のようなものを表すことは少ないのだが、いつものように座り込まず、リージャの隣にただ黙って立っているところを見ると、早く散歩に行きたいのかもしれない。リージャは頭を振って、二頭を促して歩き始めた。

 その日、空は珍しくよく晴れていた。大陸は冬になると、灰色の空をしていることの方が多かった。晴れとは言っても、南の島の抜けるような鮮やかな青色と、それとコントラストをなす真っ白の雲に比べると、ずいぶんとどんよりしていた。時折吹く風は冷たく、その度に体が震えた。竜を散歩させるようになってから、タマラが風邪を引かないようにと、厚着をさせるようになっていた。それでも、わずかに露出した肌から、身を切るような寒さが伝染して、芯から冷え込むような気がする。どうして竜たちは平気なのだろう、とリージャはほんの少し、不思議に思う。

 竜小屋は屋敷の東に建っていた。隣に並ぶ馬小屋の前を通り過ぎると、草原の一面の緑が広がっている。馬を遊ばせるためのものだ。新緑の季節や、夏の日差しの強い日は、それもまぶしく鮮やかに光り輝いているが、今は寂しげな風景になっていた。乗馬を趣味にする貴族が家主であれば、この草もしばしば馬に踏みならされているのだろうが、今ここを歩き回っているのは専ら二頭の若い竜なのだった。

 冬の草は、辛うじて緑色をしているが、それでもどこか水気を失いがちだった。土は冷えて、湿り気を帯びており、島の土に比べると粒が大きく堅い。子竜は初め、そんな地面に違和感があって仕方ないのか、長く歩くうちに突然立ち止まってぎこちなく足踏みをする事が多かった。だが散歩を繰り返すうちに次第に慣れていったのか、自然な歩幅で長時間歩き続けるようになっていった。そうなると今度は雛の立ち止まる回数が多くなる。この大陸に生まれこの大陸の土しか知らない雛は、未だリージャの抱き抱えられる程度の大きさしかなく、子竜の歩幅についていけずに、リージャの足で百歩ほど歩く前にいつも力つきてしまうのだった。弱々しく座り込みうなだれ、小さく鳴くと、子竜がその声に立ち止まる。忙しく動き回り、しばしば声をあげる雛に比べると感情の見えない子竜だが、こういうとき、同胞であり弱い生き物である雛の様子を気にかけているのだということが、リージャにもわかった。

 地面にへたり込んで動けなくなった雛は、散歩を続けることも、来た道を自力で帰ることもできない。リージャは仕方なく、それを抱き上げる羽目になる。雛は日に日に成長しているのだと感じるようになったのは、こうして抱いて歩くようになったからだ。最初のうちは軽く抱き上げ膝に乗せるのも苦ではなかったはずのそれは、いつの間にか抱えるだけでも重労働になってしまっていた。リージャが抱えたのを見て、子竜は散歩を再開する。しかし時折リージャと雛の方を振り返り、その歩みが徐々に遅くなっていくのを感じると、唐突に来た道を引き返すのだった。この大陸にやってきて、同じ敷地内で過ごすようになってから最近まで、ずっと無気力で意思があるのかも定かではないように思っていた子竜が、こうして雛やリージャの様子をよく観察しそれに合わせて行動するようになっていることに、リージャは時折不思議な感覚になるのだった。

 鮮やかとは言い難い青色に灰色混じりの雲がまだらにかかる空の下を、木枯らしに吹かれながら歩いた。来た道を引き返しているだけなのに、腕に雛を抱えているせいか、リージャは次第に体が重くなり、気付けばうつむきがちになっていた。視界が狭くなっていたリージャの目の前で、突然子竜が足を止め、それに気付くのが遅れてリージャはその背中にぶつかった。雛が悲鳴を上げながら腕の中で暴れた。激突されたにも関わらず、子竜はよろけたりふらついたりはしなかった。この小さな竜は、随分と力強い二本足で立っているのだと、リージャは初めて思い至った。

 顔を上げると、子竜が突然立ち止まった理由に気付いた。竜小屋の前に、見慣れない人影が立っていた。子竜は身じろぎ一つせずその人をまっすぐに見つめている。リージャもその顔に視線をやって、それから、雛を抱く腕に無意識に力が入った。見慣れぬ人影ではない。一度、見たことのある男だった。

「へえ、最近は竜を散歩させているって聞いてたが、本当だったんだな」

 朗らかな、よく通る声は、間違いなく以前イルヴィルの部屋で聞いたものと同じだった。

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