第一章 -5
フュラスはリージャの行為についてその時それ以上は追求しなかったのだが、興味を失ったわけではなかったのだ、ということを、リージャは石の数が三つ増えた日の夜に知った。一日の仕事が終わり、使用人たちが食堂に会して夕食をとっている最中に、フュラスが何気ない様子でこの話を再び持ち出したのだ。
「リージャ、君が数えているものの正体が、わかったかもしれないぞ」
突然の不可解なフュラスの発言に、皆が一斉に顔を上げた。タマラが眉を顰め、ケスリーは興味津々と言った様子で身を乗り出し、アンドゥールはいつものように穏やかに微笑んでいた。
「何の話だい」
タマラの問いに、フュラスがかいつまんで、一昨日の出来事を話したのだった。
「あれから少し様子を見ていたけど、君は毎日一個ずつ、石をおいて増やしているね。もしかして、日付を数えているんじゃないかい」
「日付ぇ? なんだってそんなもん」
不思議がるケスリーに、フュラスは肩をすくめた。
「わからないけど、もしそうなんだとしたら、今日で十二日目のようだよ」
確かに十二日目だ。リージャは毎日、石を置くと確認のためにその数を数えているのだった。
「ふぅむ、なるほど」
二人の会話に、アンドゥールがいつもの柔和な口調で割りこんだ。
「考えましたね、リージャさん。旦那さまが帰ってくるまでの日数を、石に置き換えて数えているのですか」
「ああ!」
この言葉に、タマラも十二日前のリージャとアンドゥールとのやりとりを思い出したようだった。思わずひとつ声をあげた後、大声で笑い出したのだった。
「あっはっはっは! リージャ、なんて殊勝な子なんだい、旦那さまが帰ってくる日を毎日数えようなんてね!」
そう言うと、突然タマラは隣に座るリージャの頭を激しくなで回した。髪が乱れ頭が大きく揺れた。揺れる視界の中で、みんなが自分の顔を見て好意的に微笑んでいるのがわかった。
「はぁ~、まったく、かわいらしい発想だねえ」
ケスリーの揶揄する声がどこからか遠くから聞こえてくるような気がした、リージャは、なんだか急に、石で日を数えるという、思いついたときは素晴らしいもののように思えた行為が、とてもよくないもののように感じられて、胸が騒ぐような気持ちがしてきた。イルヴィルが帰ってくるまでの間の日々という、不可視で、不可逆であったものを、目に見える「形」に置き換えてしまったことで、それを穢してしまったような、そんな気持ちになったのだ。胸の内にあって、誰の目にも触れることのない、リージャだけのものであった頃は、こんな気持ちになることはなかった。清いものでなかったから、姿を現してしまったのだろうか。イルヴィルとも、この屋敷に住む他の誰とも違う存在である自分が、イルヴィルの帰りを待ちわびているという思いが、悪しきものだったから。
その夜、リージャはなかなか寝付くことができなかった。常夏の島の夜とは違う寒さにいつまでも震えていた。
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