第一章 -4

 リージャが始めたその行為に、最初に気づいたのは、フュラスだった。毎日周辺の石を集めるので、日を追うごとにわかりやすい大きさをした手頃な石は周囲に見あたらなくなっていったため、その日、フュラスが例によって藁替えをしている間に、リージャは牧舎から少し離れた場所まで石を求めて歩いていった。リージャが突然遠くまで歩き出したことに気づいた雛が、慌てて食事を中断し、後をついて来たのだった。リージャは石を探すことに夢中で、それに気付かなかった。雛が小屋から離れて歩き出したのを見て、何故か子竜もゆったりとした足取りでそれを追い始めた。リージャは五十歩ほどうつむきながら歩いて、それからちょうど手の平に収まる大きさの、ごつごつとした重い石を見つけて、広い、いびつな形の側面にこびりついた土を軽く払ってから振り返ると、雛と子竜がこちらに向かって歩いていることに気付いて仰天した。自分が小屋から随分離れてしまったこと、馬丁の作業中に竜の様子を見ているように言われていたのに言いつけを破ってしまっていたことにふと気付いて、焦る気持ちで竜たちに駆け寄り、雛を拾って抱き上げると、来た道を戻った。その様子を、小屋から顔を出したフュラスが見ていたのだった。

「おや、リージャ、子竜たちを散歩させているの?」

 穏やかに笑いながらフュラスがそう問いかけるので、リージャは緩慢な動きで首を振った。それを見て、今度はフュラスが首を傾げた。

「違うの? でも、散歩をさせるのも良いかもしれないよね。特にこの子竜、全然体を動かす機会がないからね。野生の竜っていうのはもっと、森の中を走ったりするものなんだろう? 人間も、病気がちの子供が運動するようになったら丈夫になったなんて話もよく聞くしね」

 リージャは、自分が任せられた役割をすっかり忘れて歩き回ったことを咎められないことや、フュラスに比べて自分がさほど竜の様子に興味を持てないという後ろめたさから、頷いてフュラスに同調しているフリをした。フュラスの言うとおりに、これから竜たちを散歩させようと決めた。実際、子竜はいつもはほんの少しの距離を歩いてすぐに腰を下ろしているのに、多少の距離を歩き回った今は、何故か座らずにしっかりと二本足で立っていて、いつもよりも心なしか元気そうに見えているのだった。リージャは雛を地面に降ろした。それと同時に、フュラスがリージャの手元の石に目をやった。

「それは?」

 のぞき込むようなフュラスの動きに、反射的に逃げてしまいそうになり、しかしリージャはなんとか踏みとどまった。おずおずと、フュラスによく見えるように差し出す。フュラスが首を傾げた。

「それは何か珍しい石なのかな?」

 リージャは即座に首を振った。フュラスはいつも、リージャが反応をしやすいような質問の仕方をしてくれるので、リージャは彼に話しかけられるときはいつも、すぐに首を縦か横のどちらかに振ることが出来るのだった。

「では、何かに使うのかな?」

 今度は、小さく頷く。

「何に使うのか、聞いてもいいかな?」

 リージャは今度は少し迷った後、石を並べていた木陰へ歩き始めた。フュラスに背後から見守られながら、前日まで並べてきた石の隣に、リージャの手の平の中で少しだけ温まった石を降ろして並べた。この光景を見せても、フュラスがリージャの意図を理解できるとは思わなかった。フュラスはリージャの隣までゆっくりと歩いてきて、腰を屈め、大きさや形のそろっていない六つの石が一列に並んでいるのを見やった。

「これは……石を並べて何かを作ろうとしているのかな?」

 リージャが首を振ると、フュラスは顎に右手を添えて、何かを思案する。

「うーん、じゃあ、何かの目印なのかな?」

 再び、リージャは首を振ろうとして、それから、それはあながち間違いでもないような気がして、ためらいがちに頷き直した。その様子を見て、フュラスがしばらくの沈黙の後、手を打った。

「わかった、リージャはこれを目印にして何かを数えているんじゃないのかな?」

 思いがけず正確にそれを言い当てられたことに、リージャは目を丸くした。目には見えないものを、言葉に出さずに悟ってもらうことの難しさを、リージャはこの三年間で実感してきたのだ。どうしてフュラスはリージャの意図をこんなにスムーズに理解出来たのだろうか。驚くと同時に、フュラスが次に、石を「何の」目印にして数えようとしているのか、という疑問を持つだろうことが予測できて、それを伝えるのはより困難を伴うだろうこともすぐに予想がついて、リージャは若干陰鬱な気分になった。しかしその予測は外れたのだった。フュラスはそれ以上深くは聞かずに、竜たちを小屋に戻して、飼い葉桶を手にその場を去ったのだった。リージャが思ったのと同じように、それ以上を追求するのは難しいと思ったのかも知れない。フュラスはリージャの驚くぐらい、心の機微をよく察するところがあった。

「リージャを見ているとね、妹を思い出すんだ」

 以前フュラスはそんな風にリージャに語りかけたことがあった。

「歳は僕とそんなに離れていないからもう大人なんだけどね。僕が家を出て奉公に出たとき、ちょうど君ぐらいの歳だったんだよね」

 リージャは兄と妹というものを知っていた。リージャの母は初めての子供がリージャで、それを産んですぐに死んだので、リージャ自身に兄弟に相当する存在はいなかったが、島には兄弟の多い家が多くあったので、妹の世話を焼く兄や、邪険にされながらも兄の後ろを夢中で追いかける妹をよく目にしたものだった。フュラスがそんな風に妹と触れ合っている様子を、なんとなく想像できなかった。それは何故なのか、と考え、島では、男が家を出て兄弟と離れて暮らすということはあり得なかったからだということに気付いた。フュラスは生まれ育った家を離れて職を得にこの家にきたのだ。考えてみればタマラもその他の使用人たちも同じはずで、それはなんだかとても不思議な状況に思えた。そして彼らは、家のためにそうしているのであり、帰る場所などなくただここに住んでいるリージャとは何もかもが違うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る