第一章 -3

 小屋の外に出てきた二頭の竜は、いつものように、わずかに芝生の生えている場所を探してほんの少しさまよい、見つけた草の上に腰を下ろした。以前、小屋から吐き出されたばかりの、まだの温もりが残っていた古い藁の上に子竜が座り込んだとき、ケスリーが大声を出してどやしつけたので、それ以来二度と古い藁の上には乗らないのだった。

 リージャはザルフが運んできたと思われる、飼い葉の入った桶を、二頭のそばに持ってきた。食事は一日二回、朝と夕方だった。馬丁たちが掃除をしている間に、外でリージャがそれらを食べさせてしまえば、彼らの仕事の多少の手間が省けるのだ。生命力の強い雛が桶に駆け寄り、子竜がそれに続いた。まだ背の低い雛のために飼い葉を桶から出してやると、雛はそれに夢中で食らいつく。それを眺めながら、一息ついたリージャはようやく、朝から胸の内で何度も反芻した数字のことについて考え始めた。

 九十という数字のことを、リージャは理解していた。タマラははじめに、百までの数字の数え方を教えてくれたので、それより小さい数である九十を、リージャは数えられるはずだった。しかし、日が昇って沈むのを九十回数える、というのは、これまでリージャが経験していた数の数え方のどれとも違う行為であるような気がした。それは、皿のような、目の前に見える物体を数えるものではなく、その場で一から百までの数字を唱えることともまた異なる。それらは明瞭に目の前に存在するか、短時間に持続しているものであり、また、リージャがその場で数えてしまえば、忘れてしまってもいいものなのだ。だが、例えば今日、日が沈むのを見て、一、と数えたとして、一晩寝て起きて、次にまた日が沈むのを見たときに、昨日の続きとして二、と数える行為は、リージャにとってなんだかとても難しいような気がした。明日、明後日、明明後日とそうやって数を重ねていくことを考えて、リージャはその果てしなさに不安になった。

 視線をさまよわせた。大陸の冬の空は、どこかいつも淀んでいて、南の島の真っ青な空とは違った。今日は特に、灰色の雲が空全体にかかっていて薄暗い。そこから視線を足下に移すと、食欲の旺盛な雛がすっかり与えた飼い葉を食べ終わっているところだった。もう一匹の子竜も、飼い葉桶の中身をだいぶ減らしている。先ほどまで確かにあったものが、なくなっていた。そのことを、唐突に、リージャは不思議だ、と感じた。時間が過ぎ去ると唐突に姿を消す、というそれは、確かに今日一日を過ごしてすべてを目にしているはずなのに、次の日になれば二度とそれは見ることも聞くことも触ることもできない、という事実にどこか似ているような気がした。使い古された飼い葉桶の底の茶色を眺めながら、リージャは考える。それでは、目に見えないものを、何か別の、目に見えるものに置き換えるというのはどうだろうか。目に見えるものにさえしてしまえば、それをいつでも数えることができるはずだ。

 この閃きに、リージャはいつになく胸が弾んだ。今朝タマラに能力の不足を指摘されたときは心が冷えたものだったが、今ではそれを可能にできたのだと思うと、たまらなく嬉しい気分になったのだった。

 リージャは飼い葉桶の脇から目を離して立ち上がり、辺りを見回した。牧舎の周りは元々人通りが少なく、使用人が時折掃除はしているが、雑草があちらこちらに生えたり、枯れ葉がところどころに積もっていた。その中からリージャは大きめの、薄い灰色をした石を見つけた。それに駆け寄って、手にとる。手のひらにちょうど収まるほどの大きさのそれは、丸みを帯びていて、南の島での記憶と照らし合わせると、山の中よりも河原などによくありそうな石だった。ひんやりとしていて、重みがあった。それを、人の通りそうにない木陰まで持って行くとそっと置いた。これを今日一日の印として、明日はまた別の石を探してきて、明日の印にする。これを九十回繰り返すと九十日目がやってくるし、九十日目がやってくるまでに、今日は何日目なのか、というのを確認することができる。嬉々として、リージャはそれから毎日この作業に取りかかった。朝起きて、その日の作業をこなし、竜小屋に行くときに、目印になりそうな石を探し、前日に置いたものの隣に並べた。

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