第30話 2・0・0 ノイズ
暗闇の中にノイズが聞こえた。
ざらついた低音。それは鼓膜だけではなく、皮膚すら雑になで回しているようだ。
僕は吐き気を抑えられず、その場に嘔吐した。
何度も喘いでは、胃の中のものを吐き出す。
「ああ。そうだ。そうやって次に備えてくれ。君が次に持ち出せるのは、経験と、その力だけ」
声が聞こえる。
聞き覚えがあるようで、全く記憶に無いような声。
その声に続いて、世界に光と音が生まれた。
モニターに電源が着いて、映像が映し出される。
エリオットの居た塔のようだ。そう思えたが、それが誤解だとはすぐに気付く。
モニターは、壁だけではなく、僕の寝転ぶ床にも付いていた。
いや、正確に言えば、世界そのものが、モニターによって出来ているのだ。
大地はもちろん、建ち並ぶビル、そして、空すらもモニター。
全ての画面に映像が流され、そこに流れるのは、数億を超える物語。
全てが、百人が争う、殺し合いの光景だ。
一つだけ、命をもった存在が、背もたれのない椅子に座る男性。
彼は、僕に背を見せながら呟く。
「今回の戦いは、イレギュラーだったな」
「……」
「だが、それも君が望んだ事のように思えるよ。今までとは異なる未来を求めた結果、自らに、ハンデを課せた。結果として、確かに運命は変わった」
「……あんたは、誰だ」
「今回のパートナーは、……シオか。難易度が高いな。彼女が生き残るのは難しい。だが、その力には、他の誰より、可能性が秘められている」
何も返事をしない男に苛立ち、僕は地面を拳で叩いた。
モニターが割れ、映像にノイズが走る。
そして、音が流れ始めた。
殺し合いの映像と、音声。
そこから、僕の声が聞こえてきた。
僕が戦っている映像。
でも、僕は、そこに映し出される戦いを、経験した事が無かった。
「ハルキ。今回の君には期待出来そうだ」
僕は、立ち上がった。
腰には鞘に収まったナイフがある。僕は自分の怒りを抑えきれず、武器を抜く。
「おっかないな。君らしくない」
「黙れ。ここはどこだ。シオと、みんなは、無事なのか?」
「仲間達にはその内会えるさ。君が、この先も勝ち残ればね」
「……あんたは、この殺し合いの主催者なのか?」
「ああ。そうだ」
その返事を聞いた僕は、ナイフを手にしたまま、男に近づいて行く。
「ハルキ。殺意が抑えられないだろう? でも、それは君がおかしくなったわけじゃないよ。その感情は正しい。ここで僕を殺さなければ、再び殺し合いによって傷つく人たちが生まれる」
「……」
「だが、正確に言えば、戦を望んでいるのは、僕だけじゃない」
男は、椅子を回転させ、僕を振り返る。
「君自身が、殺し合いの主催者なんだよ、ハルキ」
初老の男性だった。
会ったことは無い。だけど、その顔には見覚えがある。
「お前は、誰だ? どうして……」
「自分と同じ顔をしているか、だろ? ハルキ」
彼は、僕自身の顔をしていた。
僕が、何十年後かに迎える、老化した僕そのものだ。
「答えは簡単。僕は君であるからだよ」
「何だ、それ……」
「全ては、ただ一つの目的を成し遂げる為にだけなり立っている。君は何億もの命を犠牲にしてでも、掴み取らなければいけない未来があった」
「止めて、くれ……」
「そう。ハルキ、君は全てを圧倒するだけの力を手に入れなければならないんだよ」
男、初老の僕は笑った。
「人が強くなる為には、どうすれば良いと思う?」
「……知るか」
「経験を積むことだよ。そうすればイヤでも人は強靱になる。ただ、それを永遠に続けることは出来ない。人は老いるものだからね」
「……」
「だからこそ、成長の為には、濃い経験が必要になる。殺し合いなんて最適だろう?
窮地に陥った生命ほど生存本能を輝かせ、強くなる」
「……」
「もちろん、死んだら終わりだけどね。でも、その時はその時だ。全てをやり直せば良いだけ」
「やり直す?」
「リセットすれば良い。そうすれば、物語は最初から始まる」
男は、それが当たり前のように言った。
「……神のつもりか?」
「まさか。これは、機械的に構築されたシステムだよ。そして僕は、ただの監視者にすぎない」
彼は、何度も繰り返したように、よどみなく言う。
「実際、僕は、三つ前のミソノ・ハルキだからね」
「……どういう事だ?」
「五つのステージを勝ち上がり、勝者になった。が、僕は失敗作だ。理想のステータスには不足していたからね」
彼は立ち上がると、僕の目の前に立って、言う。
「だからやり直してるんだ。今度こそ、最強の僕を作り出す為にね」
「……なんで、そんな真似をする」
「世界を救わなきゃならないからだ。だから強くなることを望んだ」
モニターの映像が移り変わる。
ありとあらゆる世界。何百、何千と存在していた世界。
その破滅の光景だ。
僕の過ごしていた世界も、まばゆいような光に飲まれ、破壊し尽くされていた。
「人の身でそれを成し遂げようとすれば、全ての業を背負う必要がある」
彼は僕の腹に拳を叩き付けた。
崩れ落ちる僕に、彼は言う。
「僕の言葉が真実かどうか、知りたければ、勝ち上がってこい。次に出会う頃には、君も僕を殺せるほどに強くなっているよ」
そして僕の意識は消える。
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