第29話 5・0 脱出

「奇跡を起こす者は、聖人となるが、いずれ火炙りになって殺される」


 ため息が聞こえる。


「どの世界でも、その結末だけは変わらない。その世を支配するのが、人間である限りね」


 それを言ったのは、サトリだ。


「私達は処分されるために集められたの? 普通の人間では手に負えないバケモノを孤島に放り込んで、そこで殺し合わせた」


 そして、シオが受け答えている。


「そんな感じかな、って、私は思うだけどね」


 サトリの言葉に、シオがため息を吐く。


「やっぱり。主催者を見つけるしかないか」

「見つけたい?」

「あなたは見つけなくないの? 自分たちにこんな真似をした相手なのに」

「戦えば、どちらかが滅ぶしかない。力を持つ者と、それを恐れる者と」


 サトリは達観したような声だ。

 シオは、確かめるように告げる。


「火炙りになって殺される」

「ん?」

「さっき、そう言ったけど。あなたはそれを見たの?」

「見たというか……。えっと」

「実際に味わった?」

「んー」


 サトリの困ったように笑う顔が目に浮かぶ。

 シオ。疲れたようにため息をしてみせた。


「お人好しってレベルじゃないよね。元々の性格? それとも、救世主って称号が、あなたをそうさせたの?」

「どうだったかなぁ。気付いた時には、こうだったし。そう呼ばれてたし」

「のんびりしてるな……。サトリって」


 僕は目を見開いた。

 サトリはすぐに気付き、僕を見下ろしていた。


「おはよう。ハル君」

「……おはよう」


 彼女の膝の上で、僕は眠っていた。

 横になっていたのは、列車の座席だ。

 反対側の座席には、シオが居る。

 窓の外の光景は動いていて、列車は音も無く、どこかへと向かっている。


「……それと、ごめん。サトリ」

「私を助けてくれたでしょ? だから、謝らないで」


 サトリは笑顔を浮かべると、ハンカチで、涙のにじんだ僕の目を拭った。


「また、ハル君に会えて良かった」


 僕は横になったまま、頷き、それから尋ねる。


「何人生き残った?」

「九人。あの戦いの後、島を探して、二人を見つけた」

「……」


 堪えがたい脱力感を覚える。

 たった九人。

 百人、いや、二百人の内、それだけの人しか手を差し伸べられなかった。


「目一杯だよ」

「でも……」

「それが、私達の目一杯だった」


 サトリは、優しくも、厳しく言い切る。


「だから、この結果を誇って」


 僕の髪を撫でつけると、サトリは立ち上がる。


「ハル君が起きたって、みんなに伝えてくる。またねハル君、シオちゃんも」


 僕は寝たまま、シオを見る。

 すると彼女は僕に近づき、照れつつも、同じように僕の頭を太ももの上にのせた。

 シオは、顔を小さく背けていた。

 その姿勢のまま、しばらく呼吸を整えるようにしてから、シオは吐き出す。


「助かって良かった」


 窓に映る顔は、晴れやかと言うより、今にも泣き出しそうだ。


「全部、シオのおかげだよ」

「……最後だけ、良いところをもらっただけじゃない?」

「僕は君に導かれた。だから、最後まで戦えたんだと思う」


 僕の言葉に、彼女は窓を見つめながら笑った。

 それを見届けてから、僕は体を起こす。


「それで、僕らはどこに向かってるんだろう?」

「さあ? この先に、何が待っているのか、何も分からない。でも、一つだけ確実なのは、そこは私達が元居た世界じゃないって事」

「そうだよね……」

「ハルキ、記憶戻ったんでしょう? あなたは、元の世界に帰りたいの?」

「シオと同じかな。帰りたいというか、帰らなきゃならない。僕と同じような、身寄りの無い子供達が待ってる。……だけどみんな、もう死んでいるかも」

「……」

「いや。そうじゃないか。あの子達の誰かが、僕の代わりをやっている。そうやって、みんなを信じないと」

「そっか」

「シオは?」


 彼女はずっと、窓に映る僕をみて、こちらの表情を確認していた。

 しかし、思い切ったように、直接僕の顔を見た。


「私は、ハルキの側に居たい」


 頭の中で、思考がグルグル回る。

 だけど、僕は、躊躇いを、自分の意思で捨てた。


「僕もだよ」


 僕は笑った。

 シオは、どこか呆気ない様な手応えを感じたのか、漏れるように息を吐く。


「よかった」


 ただただ、安堵したように彼女は笑う。

 だけど、その笑顔は、一瞬にして消えた。

 列車を照らしていた光が失われる。

 同時に列車が揺れ始めた。

 窓の外からは、列車を包むチューブがひび割れるような音。


「ハルキ……! 何が起こっているの……!」


 僕は答えられなかった。

 出来る事は、彼女の手を握りしめる事だけだ。

 列車が何かに衝突したように揺れる。

 そこで、僕の意識は再び消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る