第28話 4・5 対・救世主戦

 僕は踏み込む。

 サトリは、そんな僕を見て、僅かに重心を下げる構えを取った。

 真正面から戦いを挑むなど、僕にとっては馬鹿げた行為だ。

 敵の虚を突き、背後から刺し殺す。

 それ以外の戦い方をしない。いや、知らなかった。

 ただ、がむしゃらに攻め入る。

 それはサトリのやり方だ。

 戦い、そして、誰かと心を通わせる場合でも、サトリは躊躇わない。

 そうやって、彼女は、多くの人を救う可能性を掴みかけた。

 だからこそ、僕もそれに続く。

 最後まで足掻いてみせる事が、可能性をつなぐ、唯一の方法だと信じる。


「サトリ……! こんな殺し合いを終わらせる為に、僕らは戦ってきたんだろ!」


 まともに打ち合えば終わりだ。

 僕は迷わず懐に入り込む。


「僕と同じ過ちを繰り返す気か!」


 彼女の顔を見た。

 感情のない顔。なのに、怨念を抱えながら死んだ人間のように、怒りがある。


「……正しさを決めるのは、私じゃない……」


 サトリは、ナイフを持つ僕の手を掴んだ。


「……結局、勝ったのはあなた。だから、あなた果たした殺戮を、私は繰り返す……」


 彼女の膝が、僕の腹を打った。

 反射的にお腹に力を入れるが、内臓が潰れないようにするのが精一杯だ。

 僕が崩れ落ちると同時に、サトリは僕のナイフを奪い取る。

 そして、そのナイフを投げ付け、ツバキの弓の弦を切る。

 更に間を開けず、シオに向けて走り出した。


「く……!」


 向かい来るサトリに刃向かうように、彼女は剣を構える。

 だが、その重量を支え切れていない。


「シオ。剣を放せ!」


 僕の叫びに、シオは、剣を投げはなった。

 地面に突き刺さったそれを、サトリは手にする。

 見慣れたシルエットだ。

 救世主として、皆の先頭に立ち、生きる為だけに戦う姿。

 僕の憧れ、そのものだ。


「サトリ」


 僕は立ち上がると、ツバキから投げ付けられたナイフを、再度握りしめる。


「復讐のつもりか? これで、お互い、一つ前の世界と、同じ武器を手にした」

「……私は……」

「君の願いは、これなのか?」

「……生き残りたいの……」


 迫り来るサトリ。

 その姿を見て、僕は深呼吸をするように、大きく息を吸い込んだ。

 そして、言葉を吐き出そうとするが、それに先回りして、シオが叫ぶ。


「一度失敗したからって、諦めるの!」


 まるで僕の心を読んだようなシオの言葉。


「目の前に居るのは、あなたの意志を継いだ人間でしょう? あなたと同じように戦い、あなたと同じように、たくさんの人を救い出した。なんの力も無かったのに、救世主と呼ばれるあなたと同じ道を歩いて見せた!」


 サトリの顔が、僅かに歪む。

 その手に握る剣が、微かにきしみ始めた。


「彼を殺せば、自分の貫こうとした正義を否定するだけ。そんな戦い、報われるわけないでしょう!」


 僕は、それに反比例するように、力を抜いて行く。

 ぶつかりある一瞬。そこに、猛りを爆発させられるように。


「それでも殺し合うって言うのなら……!」


 シオは僕を見た。


「証明して見せろ! ハルキ。今のあなたなら、運命を、変えられるって!」


 僕は小さく笑顔を浮かべる。

 そして走り出した。

 手にしたナイフで、サトリの剣を打つ。

 同じように、サトリの剣が僕のナイフを叩く。

 刃物による打ち合い。力を無くした者が、死ぬ。

 サトリはきっと、何度だろうとくり返した戦い方。

 僕は、彼女の戦いを見て、ただ、それに憧れ、真似をした。


「サトリ。僕は、このやり直しの世界で、君になろうとした」

「……ハルキ……」

「少しは、成し遂げられたみたいだ。僕も、君のように戦ってこられた」


 打ち合う音が変化する。

 お互いの武器がもう保たない。それを知った僕は、その手に全力を込めた。

 彼女もそれを知り、剣を振りかぶる。


「今の僕は、かつての君だ。だから、サトリ」


 全力を持って打ち合った剣とナイフ。

 手に、骨を痺れさせるほどの衝撃が走る。

 サトリはそれを力任せに耐えるが、僕はナイフを手放すことで力を流す。

 そして、空いた手を使い、彼女の喉元を掴み取る。

 勢いのまま、水辺に押し倒し、僕は彼女を見下ろした。


「僕が勝つ」


 僕は剣を持ったままのサトリの手を握り、そのまま彼女の心臓を突き刺した。

 そして、静まりかえる世界。

 聞こえるのは、重力に押される、水流の音。

 目から零れる、涙の音。

 そして、一度消える心臓の音。

 もう一度動き出そうとする、彼女の胸の鼓動。

 僕は体をブルリと振るわせ、サトリの胸から剣を抜きはなった。

 そして、揺れ動く水の中で、彼女の瞳が瞬くのが見て取る。

 僕は、彼女の上半身を抱き起こした。

 すると、間もなく彼女は僕の頬に手を伸ばす。

 その手は、人形とは違う。温かかった。


「ハル君。ねえ。生きてる?」

「ああ」


 僕は涙を流しながら、頷く。


「君はね。サトリ」


 その言葉に、サトリはまつげを震わせ、そこについて水滴を大地にこぼす。


「どういう事……!」

「君に追い着こうとした。それは叶ったけど、追い抜けはしなかった。……それだけだよ」


 僕の体は水面へと落下した。

 サトリは、先ほどとは逆に、僕の体をその手で支える。


「心臓が動いてない……!」

「ごめん。こうしなきゃ、勝てなかった……」


 血が一気に広がり、僕の視界は赤く染まる。

 日差しは強く、水辺は煌めいているのに、僕だけが、どこか違うものを見ている。

 懐かしい、と思った。

 自分の体から、生きる力が失われていく。これが死だ。


「いいえ。くり返させはしない」


 うつろう感覚で、その声だけはハッキリと聞こえる。

 目の前には、シオの顔がある。

 彼女は自身の杖を持ち、僕を見下ろしていた


「こんな運命、私が叩き折ってみせる」


 水が、一瞬にして輝く泡に生まれ変わった。

 その泡は、一帯。いや、島全体を包み込み、彼女の作り出した魔方陣を形取る。


「ハルキ。あなたに奇跡を捧げる」


 強く手を握りしめられたように、ギュッと、何かが結ばれるような気がした。

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