第27話 4・4 総力戦

 シオは、手にした剣を持ち上げた。

 だが、彼女にとってそれは重すぎる。

 切っ先を、足元を流れる水から持ち上げることも出来ず、再び地面に突き立てる。


「使い慣れた得物を捨ててまで、杖を手にするなんてね」


 僕は、サトリを窺いながら、シオに訊く。


「シオ。あの杖が君のものなら……」

「ええ。無尽蔵に近い魔力が蓄えられている。つまり、あの杖こそ、最強の武器」

「……」

「一日の猶予を与えるリスクを甘く見すぎた。もう、この島は、彼女が支配する戦場。島が水浸しになったのも、サトリの仕業。彼女は、この水を媒介にして……」


 バキバキと、足下の水が凍り始める。


「私の展開させた結界を操る」


 言うと共に、周囲一面に氷柱が生み出された。

 そして、目にも留まらぬ速度で僕らを目指す。

 しかしシオは、突き立てた剣を中心にして、新たな魔方陣を走らせた。

 氷柱は、その魔方陣の上書き範囲内で、ひび割れて砕ける。


「あの杖を、ここまで使いこなすなんてね……!」


 口惜しさと敬意を滲ませるシオ。

 彼女はよろめいた体を支えるべく、突き立てた剣に体重を預ける。


「私は、防戦で手一杯。あとは、みんなに託すしかない」


 その言葉に、アクラムが動く。

 彼は先端の失われた槍を手に、僕の横に並び立った。


「あの女を止める自信は?」

「あるのは、覚悟だけ、かな」

「なら、俺も、それに続くだけだ」


 彼は槍を地面に突き立てた。


「でも、手を出せば、彼女は君を殺すよ」

「構わない。俺がやりたいのは一つ。ハルキ、お前が正しいと、戦う事で示す事だ」


 水の中に水流が生まれる。

 それは血だ。

 この島で死んだ人間の血液。

水に混ざり合ったそれを分離し、彼は、自分の下に集めている。


「お前に付き従えばこそだ。これでようやく、俺も、命を救う為の戦いが出来る」


 アクラムの言葉に続き、水しぶきが上がる。

 天高くまで届きそうなほど舞い上がるそれは、クジラを思わせる海獣だ。

 海獣はその巨体を宙でゆらめかせながら、落下の勢いのままサトリに襲いかかる。

 人の足で逃げられるような大きさじゃない。

 サトリの体は、そのまま海獣に押しつぶされる、そう感じた瞬間だ。

 地上から塔のような氷柱が生み出され、海獣の体から脳天までを刺し貫く。


「くそ……!」


 仲間を失った怒りのまま、宙に浮かぶ串刺しの海獣を見つめるアクラム。


「もう少しだ」


 その彼の背中で、エリオットが叫ぶ。


「あとちょっとだけ保たせろ、オッサン!」


 ハッとしたように、アクラムは頬に力を込める。

 すると、死んだはずの海獣が、滾るように吠えた。

 ゾンビ化。エリオットの力だ。

 海獣は身をよじる事で、自身を貫く氷柱を折る。

 そして一角獣のように、自分の頭部に刺さった氷柱の先端を再びサトリに向けた。

 着水。

 同時に巻き起こる波。僕らに向かって激流が迫り来る。

 全身を覆う波が体を押し流そうとするが、僕らは支え合い、その場で踏ん張った。

 波が引き、低くしていた姿勢を持ち上げる。

 そこには、変わらない姿で立つサトリが居た。


「耐えるかよ……!」


 アクラムは、地面に倒れ込んだままうめいた。


「いや。仕留めたよ」

「……どういう事だ?」

「今のは致命傷だった。だけど、サトリは蘇ったんだ」

「彼女の復活能力、か?」


 地面に突き刺した剣にしがみついていたシオが、濡れた髪を振りながら、言う。


「……確かにそう。だけど、救世主としての力じゃない。彼女は、自動人形の復活能力を再現して、その上で、能力を強化している」


 エリオットがシオを振り返る。


「……どういう意味?」

「死亡後のデメリットを消し去っている。今までは死んだら、活動が停止していたのに、それがなくなった。……それを可能にするだけの魔力が溢れてるからね。私の仕掛けた魔方陣のおかげで」


 音が聞こえるほどに歯を噛んだシオは、しかし、瞳の鋭さを衰えさせない。


「逆に言えば、擬似的な不死が、彼女の限界。私と完全に同レベルで魔力を完全に扱えるなら、今すぐ、この島全員を貫き殺している。それが出来ないからこそ、彼女は防御的な力に魔力を割り振らざるを得ない」


 だから。と、シオは意気込む。


「あの杖さえ奪えば、何とかなる」


 僕は、一人、前に出た。

 そして、引き絞るように、後ろ手に伸ばした手にナイフを構えた。


「分かった。あとは、僕に任せて」

「本気なのか、まともに戦えるのって、もうハルキ一人で……」


 エリオットが立ち上がろうとするが、力を使い果たしたのか動けない。

 アクラムも同様だ。僕を止めるように見ている。


「大丈夫。一人じゃないよ。きっとね」


 自分の言葉を置き去りにするように、僕は水を滑るように走り出す。

 サトリは杖を構えた。

 僕の動きを完全に見切り、上書きした魔方陣の範囲外から氷柱を発生させる。

 コンマ数秒の差で僕はそれを避ける。

 だが、サトリの修正が速い。

 氷柱の発生速度と角度を調整し、徐々に僕の体に、氷柱の先端をかすらせてくる。

 僕がサトリの元に到達するより、僕が死ぬ方が先。

 だけども、だ。

 その場の誰よりも早く、動き出す影があった。


「君の出番だよ」


 僕の呼び声に見事に応えるように、射放たれた一本の矢。

 完璧なタイミングと、神懸かった鋭さを持った一撃は、シオの杖に突き刺さる。


「うん。この瞬間が来ると思って、待ってた」


 サトリの背後、小さな体に、大きな弓。ツバキがそこに立っていた。

 刺さった矢は杖を弾き、サトリを素手にしてみせる。

 杖を失うと同時に、足元の水の流れが止まり、突き上がっていた氷柱が崩壊する。

 準備は整った。

 あとは、サトリを救うだけだ。

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