第26話 4・3 奪われた力

 エレベーターの上昇中も、地上では振動が続いていた。

 シオは、壁に手を当て、自分を支えるような格好のまま尋ねる。


「彼女、サトリは今どういう状態なの?」

「元通りだと思う。ハンデとして、自我の無い自動人形に変えられていたけど、もう戻っていると思うよ、最強の能力者の状態に」


 そう言うと、エリオットが反論した。


「でも、あれは不完全な復活だ。あの女の復活条件は、他人の内臓を奪って、人形から人間になる。って事なんだろ? だけどアンデッドの内臓を取り込んでしまった」

「……それじゃ、ダメなのかな?」


 僕の問いに、エリオットは頷く。


「あの様子じゃ。凶暴性が残ったままだ。でも、三日限定の稼働時間は克服している。救世主なのに、凶暴で、体は人形みたいに痛みを感じていない。戦闘能力だけで言えば、ハッキリ言って、強化されている」

「……強敵、だね」


 僕が唸ると、アクラムが目配せした。


「彼女をどうするつもりだ。殺すのか? それとも、相手にしないか?」

「サトリも救う」

「どうやって?」

「彼女を、本当の意味で復活させる」


 エレベーターが、地上に到着した。

 そこで話は終わり、僕らは、開こうとする扉に注視する。

 すると、隙間から水が入り込んできた。

 砂と葉っぱ混じりの水だ。

 僕らは水を蹴立ててエレベーターの置かれていた塔を出る。

 そこで異常を目の当たりにした。


「島が水に浸かってる」


 全域の風景は一変していた。

 あれだけ沢山あった木々は全てなぎ倒されている。

 家などの建物に至っても、原形を留めているものは見当たらない。

 何もかも、水が洗い流したようだ。

 強い朝の日差しが水面で煌めき、海風が僕の頬に叩き付けられる。

 シオは、顔をしかめた。


「私のせいかも。魔方陣が、ため込んだ力に耐えきれてない。今、四日目だし」


 彼女の見つめる方角には、かつて彼女が凍り付かせた丘がある。

 だが、そこに生えていた氷柱は、全て溶けていた。


「どうする? 止めに行く?」

「いや、時間がない。それに、ここはもう、遮るものがない戦場になった」


 僕の言葉に、シオは、視線を下げる。

 そして、彼女も見つける。こちらに近づく影を。


「僕が行くよ」


 水流の先には、流れに逆らうように歩く一人の女性。

 手には棍。僕らを認めると、彼女は背中のリュックを地面に投げ捨てた。

 三十歳前後だろう。哲学者のように、落ち着き払った目。

 殺意もなく、ただ、障害物を取り除こうとするように、彼女は得物を構えた。


「説得している時間がない」


 僕はナイフを覆っていた布をはぎ取り、柄を握りしめる。

 膝を曲げて重心を低く構えた。

 ナイフを持つ腕を、リレーのバトンを受ける選手のように背後へ引き絞る。


「今は、仕留めさせて貰う」


 僕らは同時に動いた。

 彼女は水を蹴立てて走り出す。

 対照的に、僕は石の水切りのように、波紋を連続して残しながら近づいた。

 水の上を滑るような動きに、彼女の目が泳いだ。

 

「え……」

 

 彼女がその声を発したとき、すでに僕は彼女の背中を取っていた。


「後で、話をしよう」


 ナイフの柄で首筋を叩き付け、彼女を気絶させる。

 仰向けに地面に倒れると一際大きな波紋が広がった。

 それが、遅れてやってきた、僕の足跡となる波紋を打ち消していく。

 シオが呆れたような顔を見せた。


「こういう事が出来るなら、早くやれ。って感じだけど」

「ごめん。このナイフ《風切刃》じゃないと、重心が上手く取れなくて。動物のシッポみたいに、僕の体の一部になってる」


 僕は彼女の体を持ち上げようとするが、シオがそれより先に手を伸ばす。


「私がやる、あなた、息が切れてるから」

「……心肺機能、落ちてるかな」

「借り物の心臓なんだから、無理は出来ないでしょう?」


 シオ達は、女性の体を塔に運び込む。

 僕はその姿を見ながら、息を整えた。


「それで、サトリにどう挑むの?」


 戻ってきたシオが訊いてくる。


「僕はこの体だ。それに、力を取り戻したところで、サトリには元から敵わない」

「でも、ハルキは、彼女を一度殺したんでしょう?」

「不意を打ったからだよ。でも、身を隠せる障害物は全部流された」

「なら、どうする?」

「彼女の力を利用する。僕と同じで、彼女の能力の源も、手に持っていた剣だ。その武器の側にいる時、彼女は自分の死を帳消しに出来る」

「……それを使うのは分かったけど、武器の場所は分からないでしょう?」

「いいや。心当たりはある。あれは、元々、僕の胸に刺さっていたんだ」


 シオは、そこで気付いたように顔を振り向かせる。

 その方向にあるのは、かつて僕らが出会ったビル。

 倒壊したのか、現在、そのシルエットは見えない。


「なら、行きましょう」


 僕らは頷くと、沈み込んだ流木を足場に、飛び石を渡るように走り始める。

 広く感じた島は、今や狭くも感じた。

 もう地形は存在しない。

 ただ目的地に真っ直ぐあるけば、そこが戦いの始まりの場所だ。

 辿り着いたビルは、瓦礫と化していた。

 それでも、そこが僕が目覚めた場所だとは分かる。

 なにせ、残骸の中に、剣が突き立てられているのだから。


「あった。まだ、奪われて……」

「いや、駄目だ、シオ!」


 シオが近づこうとするとき、僕はとっさに叫んだ。

 目的の物が、目的のまま、目の前に現れている。

 そんな都合の良い事が、この島で起きるはずが無い。

 僕は、動きを止めた彼女の腕を掴み、慌てて引っ張り込む。

 すると、足元の水が蠢いた。

 それは、僕らの刺し貫こうとするように、氷柱となって盛り上がる。


「自分の得物を罠にして……!」


 瓦礫を踏みしめるような足音。

 そちらを向くと、サトリの姿があった。

 ドレス姿のシルエットは変わらない。

 だが、その上から金属を貼り付け、パッチワーク状の鎧を着込んでいた。


「僕らを待ち受けていたのか、サトリ!」


 僕はナイフを手に構え、サトリの出方に備えつつ叫んだ。


「シオ。剣を取って!」


 シオは慌てて剣に寄り、抜き取って見せた。

 水に濡れた刀身を眺め、シオはひねくれたように笑う。


「血をまとう武器に、これだけの魔力をため込むとは……!」


 シオは剣を地面に叩き付けた。

 すると、弾かれた水が捻られ、先の尖った錐へ形作られる。

 その錐は、サトリに向かって、拘束で放たれた。

 しかし、その切っ先は、サトリの眼前に生えた氷の氷柱に塞がれる。


「氷。その氷、まさか……!」


 シオは剣を振り下ろした姿勢のまま、サトリを睨む。

 その視線が見据えるのは、彼女の手に握られた杖だ。


「……そう。考えてたのは、お互い同じ事。相手の武器を手に取って、戦いを制しようって言うね」

「シオ。それって……!」

「サトリが持つのは、私のコキユトス・レイ。三日が経った今、一つの世界を破滅させるだけの力を持った、私の切り札」


 不覚を悟ったように、シオは剣の柄を強く握る。


「この島を巡る魔方陣は、奴の手に堕ちた」

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